僕を合宿に連れてって④
洋館ではあるが、玄関のつくりは日本式で、靴入れがある。氷魚といさなは靴を脱ぎ、用意されていたスリッパに履き替えた。
二階に上がり、ふたりはそれぞれあてがわれた客間に荷物を置く。
「茶を持ってくるから、少し待っていてくれ」
それから沢音に通されたのは、応接間と思われる部屋だった。氷魚はシックなソファに身を沈める。
「すごいお屋敷ですね」
天井にはいかにも高級そうなシャンデリアがつり下がっている。調度品は必要最低限だが、どれも持ち主の趣味の良さをうかがわせた。
「以前はカトレアの創始者の別荘だったらしいよ」
「カトレアって、あのカトレアコーポレーションですか」
泉間に本社をおく、東北有数の大企業だ。主に生活用品を取り扱っていて、ホームセンターに行けばまず間違いなくその名を目にする。
「そう。あのカトレア」
「それが一体どういうわけで日渡さんの家になったんですか」
「カトレアは、わたしたちの活動を支援してくれるスポンサーなの。昔からね」
いまいち意味がつかめない。どういうことなのだろう。
「わしは協会の監視対象だからな。この屋敷に押し込めておけばひとまず安心という意味合いもあるんだろう」
沢音が麦茶の乗ったお盆を持って戻ってきた。
「協会? 監視対象?」
ますますわからなくなる。
「その辺の説明はしておらぬのか?」
テーブルに麦茶を置き、沢音はいさなに向かって尋ねた。
「してないですね」
「いい機会だから、説明してやったらどうだ。差し障りのない範囲で」と凍月が言う。
「そうね」
いさなは氷魚に向き直った。氷魚は居ずまいを正す。
「協会っていうのは、わたしや真白さんが属している、一種の職能団体のこと。人とあやかしの調和を第一に考え、怪異の解決にあたったりするの。人と妖で協力してね」
やっぱり、と氷魚は思う。いさなは何らかの組織に属しているのだろうと想像はしていたが、それがはっきりと輪郭を持った。
「人妖の調和を守る仕事って、以前言ってましたね。カトレアはその『協会』のスポンサーなんですね」
「そういうこと。カトレアだけじゃなくて、有名な企業がいくつか協力してくれてるの」
「政府も、ですよね」
「ええ。公表はできないけどね」
「なるほど……」
知られざる日本の裏の顔を知ってしまった気分だ。
「一応言っておくけど、他の人には内緒だよ」
「それは、もちろん」
そもそも、言っても誰も信じてくれないだろう。氷魚とて、実際に自分が様々な怪異を体験しなければ到底信じられなかったに違いない。
「日渡さんは、『隣人』なんですよね」
人に友好的なあやかしを隣人と呼ぶと、かつていさなから聞いた。
氷魚の記憶にある沢音と、今の沢音の姿は全く同じだ。凍月の知り合いでもあるし、あやかしで間違いはないと思う。
「自分ではそのつもりなのだがな。以前ちょっとばかり暴れたことがあって、いまいち信用されておらぬのだ。ゆえに協会の監視対象となっておる。次に何かしでかしたらただじゃおかぬというわけだ」
「おまえ、あれがちょっとかよ。死人こそ出なかったが、重機を何台も潰してたじゃねえか」
「何があったんですか?」
「恵淵一帯を開発するという計画があったから、邪魔をしただけだ」
「沢音さんは、恵淵の主なの。地域の守り神的存在だよ」といさなが補足してくれる。
「そんなに大層なものではない。零落して久しいからな」
「――それじゃあ、日渡さんが怒るのは当然の権利じゃないですか。日渡さんの場所だったんですよね。近くに住む人も守ってた。人間はそれを忘れちゃったんですか」
氷魚が言うと、沢音はゆるりと首を振る。
「仕方がない面もある。わしらみたいな存在は、遅かれ早かれ忘れられていくものさ。わしはそれに抗いたかったのかもしれぬな」
「で、人間たちは怒れる守り神に手を焼き、ついには協会に泣きついた。派遣されたのは当時の影無――いさなのじいさまだったんだ」と凍月が言った。
「うむ。あやつは強かった。男っぷりもよかったのう」
「あんときはまだじじいも若かったなぁ」
凍月は懐かしそうに言う。
「結果は、引き分けだったんですか?」
影無の刀で斬られた怪異がどうなるか、氷魚はよく知っている。沢音が今も無事に存在しているということは、そういうことなのだろうと思う。
「いや、わしの負けだった。あやつは止めを刺さなかったのさ」
「え――?」




