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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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僕を合宿に連れてって③

 古風な玄関の扉にはリアルなライオンのノッカーがついていたが、いさなは壁についているチャイムを鳴らした。

 ややあって、扉が開く。

 こういうところだから、メイド服を着たメイドさんが出迎えてくれるのだろうか。

 そんな氷魚ひおの予想に反して、現れたのは青緑色の着物を着た黒髪の若い女性だった。

「よく来たな」

 女性は艶然と微笑む。

 視線が自然と吸い寄せられる。

 この世のものではないような妖しい美しさだった。見ていると魂を持っていかれそうになる。

「はじめまして。日渡ひわたり沢音さわねさんですね。今代の影無を務めている、遠見塚とおみづかいさなと申します」

 よどみなく言って、いさなはきれいなお辞儀をした。

「うむ。よろしくな。凍月いてづきがおなごを選んだと聞いて、どんな女傑が来るかと身構えていたが、いい意味で裏切られたな。ずいぶんと愛らしい少女ではないか、凍月よ」

 うなずいて、沢音はいさなの影に向かって呼びかけた。

「中身はちっとも愛らしくねえけどな」

 影から姿を現した凍月がいさなの肩に跳び乗る。

「知ってる」といさなは凍月の額を小突く真似をした。

「そういうとこだよ」

 凍月といさなのやりとりを見て、沢音は笑う。

「変わらず息災そうで、何よりだ」

「おまえもな」

 そこで、沢音はぼけっと突っ立っている氷魚に目を向けた。

「して、そちらの少年がおぬしたちの『協力者』か」

 その声で、沢音に見とれていた氷魚は我に返った。

「橘氷魚と言います」

「ふむ。氷魚というのか」

 身を乗り出した沢音は氷魚に顔を近づけた。まじまじと見られて恥ずかしくなる。

 沢音が使っている香水だろうか。淡い桃のような匂いが氷魚の鼻腔をくすぐった。

 なんだか懐かしい匂いだ。どこかで嗅いだことがある気がする。

「――思い出した。背中だ」

 氷魚にとって、その匂いは記憶と分かちがたく結びついている匂いだった。先ほどのいさなとのやり取りも呼び水になったのだと思う。

「うん?」と沢音が小首をかしげる。

 何気ない仕草ですら絵になる目の前の美しい女性が、かつて怪我の手当てをしてくれた女性と重なった。

「昔、あなたにおぶってもらったことがありませんでしたか?」

 氷魚の問いかけを聞き、しばしきょとんとしていた沢音は、

「く――ははは。人妖問わず、様々な言葉で愛を囁かれてきたが、さすがにそれは初めて耳にする口説き文句だな」と破顔した。

 何か致命的な誤解がある。気のせいか、隣のいさなの視線がひどく冷たい。

 氷魚は慌てて弁明を始めた。

「いや、違うんです! その、昔、おれはあなたに怪我を手当てしてもらって……。そう、河童の妙薬! 遠野で河童から巻き上げたって」

 即座にとっておきの切り札を切った。河童の妙薬なんて、そこらに転がっているようなものではないだろう。

 しかし、沢音の表情に変化はない。

「ほう、妙薬ね。それで?」

「それで――そのあと、迷子になってたおれを、あなたは家族の近くまで連れて行ってくれました。おんぶで」

「なるほど。わしがおぬしをおぶったと」

「覚えてませんか?」

 これで別人だったら自分はとんだ恥知らずだ。出来の悪い口説き文句だなと笑われても申し開きのしようがない。

「覚えがないな」

 沢音の返答はにべもなかった。

「そ、そうですか」

 完全にやらかした。羞恥で顔が赤くなるのを感じる。気まずいなんてものではない。いますぐ回れ右をして帰りたい。もしくは穴を掘って埋まりたい。

 沢音はそんな氷魚を楽しそうに眺めまわし、「すまぬ。嘘だ。おぬしの反応が楽しくて、からかいたくなった」と言った。

「え?」

「一目見てわかったよ。あのちんまい童がよくもまあ大きくなったものだ。このくらいしかなかったのだぞ」

 沢音は笑って自分の太もものあたりを叩く。

「それがどうだ。今はもうわしの背丈を超えている。人の成長は本当に早い。瞬きする間に大きくなる」

 あやかしならではの感覚なのだろう。沢音にしてみれば、人の10年は瞬きひとつの時間と等しいのかもしれない。

「小僧を助けたのはやっぱりおまえだったか。それにしても大袈裟なやつだ」と凍月が苦笑した。どうやら、凍月はここに来る途中の話で沢音だと見当をつけていたようだ。

「凍月、おぬしはそう思わぬのか」

「おれから見れば、人の成長なんざあくびが出るくらいのろいぜ」

「それは、人に宿っているおぬしならではの感覚だとわしは思うが」

「――さてな。それより、早く中に案内してくれよ。いつまで玄関でくっちゃべってるんだ」

「ふむ。そうだったな。ではお客人、歓迎するぞ。中に入ってくれ」

 沢音にいざなわれ、氷魚たちは日渡邸へと足を踏み入れた。

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