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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第七章 遥かなる蜘蛛の呼び声
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正しい土産の渡し方①

 たちばな氷魚ひおは窮地に陥っていた。

 自室、机の上に置かれているのは、家族が買ってきた北海道土産である。

『ドイズ』のポテトチップチョコレート、『カルジー』のじゃがポッキリ。

 いずれもデパートの物産展や通販でも人気のお菓子だ。

 それはいい。何も問題ない。

 問題は、このお菓子が氷魚用ではないということだ。

 旅行から帰ってきた姉は氷魚にお菓子を突きつけてこう言ったのだ。

「いさなちゃんに渡してね」と。

 まいった。

 氷魚はため息をつくと、椅子の背もたれに寄りかかり天井を見上げた。

 いさなに渡すだけなら簡単だ。

「旅行のお土産です。よかったらどうぞ」と差し出せばいい。

 簡単じゃないのはその後である。

 いさなに、「氷魚くんは一緒に行ったの?」と訊かれたらどうしようと思う。


 プランA、行ったと嘘をつく。

 7月後半はほぼ毎日いさなに会っていた。8月に入って星祭りの前に行ったということにすれば一応の辻褄は合うが、しかしそれだと今までお土産を渡さなかったのはいかにも不自然だ。いさなとは、先日会ったばかりなのだ。

 そもそも、嘘を重ねるのは嫌だ。

 従って、プランAは却下。


 次、プランB。行きませんでしたと正直に答える。

 これもよろしくない。氷魚が行かなかった理由を、いさなはきっと察する。最初に嘘をついた意味がなくなる。

 なので却下。


 プランCは――思いつかない。

 なくて当たり前だ。「行った」「行かない」以外でどう答えるというのか。

 氷魚は包み紙に描かれたカルジーのマスコットキャラのカル爺――手足の生えた顔つきのじゃがいもをにらみつける。白いヒゲが偉そうだ。

 いっそこのまま自分が食っちまおうかと思う。

 たったひとつの冴えたやり方かもしれないが、いさなにと渡されたお菓子を自分が食べることには強い抵抗がある。

 食べたら最後、地獄に落ちるかもしれないし、そもそも良心の呵責かしゃくと罪悪感に耐えられそうにない。

 氷魚は頭を抱えた。

 自業自得とはいえ、おれは、どうしたら――


 一晩悩んだ末に、氷魚は素直にお土産を渡すことに決めた。こういうのは、小細工を弄すると大抵ろくなことにならない。

 リュックにお土産を突っ込み、制服を着た氷魚は学校に向かう。

 いさなは補修が終わったあとも毎日図書室に通っていると聞いている。課題が終わらないそうだ。扇風機しかない自宅だと暑くて集中できないので、図書室を利用しているらしい。

 遠見塚とおみづかの家には極力近づきたくないのだろう。

 いさながあの家を出た理由は、なんとなく察することができる。

 大切なひとに裏切られ、いとこを喪った場所だからというのはむろんあるだろう。

 だが、氷魚にはそれ以上に気にかかることがある。

 いさなの両親だ。

 意識してか、それとも無意識か、いさなの話の中には両親がほとんど出てこなかった。特に母親については一言も言っていなかったと思う。

 そしてそれは星祭りの夜に聞いた話に限ったことではなかった。

 仲が悪いかどうかまではわからないが、普段のいさなの言動から察するに、いさなは両親の愛情に飢えているような気がする。

 時折ふと見せる羨望の表情はそれを物語っているのではないか。

 たとえば氷魚の母の手作りお弁当を見たとき、たとえば氷魚の父の手作りクッキーを食べたとき、たとえば一緒に氷魚の家族と食卓を囲んだとき――

 けれども、いさなはそれを認めたくないのかもしれない。だから家を出ることで、自分の気持ちに折り合いをつけようとした。自分は両親の庇護がなくてもやっていけるぞと。

 もちろん、決めつけるのは早計だ。自分はいさなのすべてを知っているわけではない。けれども、まるきりの的外れではないだろうと氷魚は思う。


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