穏やかな塵③
それから大人たちは道場から出ていって、わたし、彰也、雅乃、春夜の4人だけになった。
4人が顔を合わせるのは久しぶりだった気がする。
なんだか気まずくて、しばらく誰も何も言おうとしなかった。
そんな中で、最初に口を開いたのはやっぱり春夜だったよ。
春夜はおどけた調子で彰也に「いまの気持ちを教えてくれよ」と訊いたんだ。
彰也は、心底安堵したように言った。
「よかった。これで、みんなが影無にならなくてすむ」
そして、彰也はいつものように穏やかに笑ったの。
どうして彰也があんなにがんばれていたのか、ずっとわからなかった。でも、その言葉を聞いてようやく腑に落ちた。
彰也は、みんなを影無にしないためにずっと努力していたんだな、って。
自分が影無になるからみんなは好きなことをするといいって言ったのは春夜だったけど、彰也も同じことを思っていたんだね。
春夜は口だけだったけど、彰也は心の底から望んでいた。
わたしが模擬戦で彰也にかなわないわけもわかった。
わたしじゃどうしたって彰也に勝てないよ。そもそもの覚悟が違っていたんだもの。
他の誰かのために自分が影無になる、なんて、わたしは考えもしなかった。
けど、彰也は違った。
彰也だけは、他の誰とも違っていた。
だからあなたは彰也を選んだ。
そうでしょ、凍月。
やっぱりだんまりか。いつも教えてくれないよね。
そう。次代の影無を選ぶのは、今代の影無じゃなくて、凍月なの。
でもね、選んだ理由を訊いても、絶対に教えてくれないんだ。
だからわたしは、なんで凍月がわたしを選んだのか、いまも知らない。
彰也を影無に指名してきっかり一週間後に、おじいさまは亡くなった。
お葬式のあと、おじいさまの遺体は火葬せずにとある場所に運ばれた。
鳴城の外れにある、古い石の塚がある場所。
影無の継承は、その塚で行われるの。だからわたしの家は遠見塚っていうのかもね。
周りに何もない、寂しいところで、地獄があるのならこういうところなのかなって思った。
風が、身を切るみたいに冷たかったな。
お葬式の時はいっぱいいた親戚も、塚まではついてこなかった。わたしの家族と彰也の家族だけ。雅乃もいなくて、わたしは心細かった。
おじいさまの遺体を塚の中に運び込んだ父さんと叔父さんが出てきて、それから彰也が中に入っていった。
10分くらい待ったかな。待っている時間は、ひどく長く感じたよ。わたしは寒くてガタガタ震えていた。
一方で、春夜は身じろぎもせずに立っていたな。
彰也は中でどうしているんだろう。早く出てこないかなって、わたしはそれだけを思ってた。
そうして、ようやく塚から出てきた彰也の顔は、幽霊みたいに青ざめていた。
何があったのって訊いたんだけど、彰也は黙って笑うだけだった。
いつもの穏やかな笑い方じゃなくて、無理のある笑い方だった。わたしたちを安心させたかったんだろうけど、失敗してたな。
塚の中には歴代の影無の骨がいっぱい転がっていて、それで怖かったのかもしれないと、その時は思った。
全然違っていたんだけどね。
彰也はみんなに向かって一言、「継承は無事に済みました」とだけ言って頭を下げた。
わたしは思わず彰也の影を見たよ。
塚に入る前と変わらない、彰也の形をした影だった。
けど、彰也の雰囲気は、明らかに変わっていたの。
透明な悲壮感をまとっているような、諦念を漂わせているような――
うまく言えないけど、彰也はもうわたしたちとは違うんだなって、はっきりと感じた。
その日の夜、彰也たちは遠見塚の家に泊まった。
春夜を混ぜてご飯を食べるのは久しぶりだったけど、誰も喋らなくて、食卓は重苦しい雰囲気だった。
いつもはおしゃべりな春夜ですら、黙っていた。
いま思うと、あの時に春夜は、もう――
ごめん、大丈夫。平気。
もう少しだから、最後まで話すね。




