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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第六章 穏やかな塵
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穏やかな塵②

 うん。最後は、彰也あきやの番だね。


 彰也は、目立つ春夜しゅんやと反対におとなしい子で、遊びに行く時とか、いつもわたしたちの一番後ろにいた。

 でも、彰也は誰よりも努力家で、弱音を吐かない子だった。兄弟だから、ことあるごとに春夜と比べられるんだけど、ぜったいにめげないし、決して腐らなかった。

 まず、たゆまず。

 わたしは、あれだけ努力できる人を他に知らない。

 そんな彰也だけど、口数が少なくて、自分の話はほとんどしなかった。

 だからわたしは彰也が何を考えていたのか、何が好きで何が嫌いか、よく知らなかった。

 もっと、わたしの方から話しかければよかった。

 お互いを知るための時間なんてたくさんあると思っていたし、機会だっていくらでもあると思っていた。

 ひどい了見違いだったよ。


 彰也はいつも、わたしたちが話してるのを側でにこにこしながら聞いてた。

 主に春夜が話して、わたしと雅乃みやのが相槌を打って、彰也が微笑んでいる。

 あの頃は、そういう平穏な関係がずっと続くと、根拠もなく信じていた。


 わたしが小学6年生になった頃、おじいさまの体調が悪くなった。

 寝込みがちになって、わたしたちの訓練も休みになることが増えたの。

 そういう時、春夜はこれ幸いとどこかに遊びに行ってたんだけど、彰也は違った。

 道場で、黙々と木刀を振っていたんだ。

 わたしも彰也に倣って、っていうわけじゃないけど、訓練は欠かさなかった。習い性になっていて、さぼると落ち着かなかったの。

 雅乃は、一応は自主練してたけど、わたしと彰也ほど身は入っていなかった。座り込んで、わたしたちが素振りや模擬戦をしている姿をぼんやりと見ていることが多かったな。


 他のみんながどう思っていたかはわからないけど、わたしは不安だった。

 厳しいけど好きだったおじいさまの体調もそうだし、わたしたちの行く末も心配だった。

 おじいさまの死はつまり、わたしたちの未来に直結していたから。

 影無かげなしになるか、尋常の人間のまま生きるか。

 おじいさまが亡くなれば、次の影無が生まれる。


 影無の条件はただ一つ、遠見塚とおみづかの血を引いていること。


 だから、遠見塚の人間ならば誰でも影無に選ばれる可能性があるんだけど、わたしはきっと選ばれないと思ってた。

 影無の重圧に耐えきれる自信はなかったから、それは構わない。

 じゃあ、わたしは誰に影無になってほしいのか。

 春夜? 雅乃? 彰也?

 それとも、わたしたち以外の誰か?

 どうなるのが、わたしたちにとって一番いいんだろう。


 ぐるぐる、ぐるぐる、不安が胸の中で渦を巻くばっかりで、答えはどうしても出せなかった。


 でも、そんな不安も、彰也と一緒に木刀を振っていると少し和らいだ。

 彰也の太刀筋はとにかくまっすぐで、同じ習い方をしたのにどうしてこうも違うんだろうって、不思議だった。

 春夜と立ち合うと、変幻自在の剣に翻弄ほんろうされて大抵彰也が負けるんだけど、なんていうのかな、彰也の剣の方が、わたしは好きだった。


 春も夏もあっという間に過ぎ去って、秋もじきに終わろうとしていた頃に、おじいさまは寝たきりになった。

 本当は入院しなきゃいけなかったんだろうけど、頑なに拒んでいたの。

 春夜はもう、道場に顔を出さなくなってた。

 雅乃も時折来るくらいで、毎日訓練していたのはわたしと彰也だけだった。

 彰也の上達ぶりは目をみはるものがあってね、剣に関しては、もう春夜を超えていたんじゃないかな。

 わたしはそんな彰也に負けたくなくて、おじいさまに習ったことを毎日毎日繰り返していた。

 彰也とはよく模擬戦をしたけど、5本中4本は彰也の勝ちだったな。

 努力の質や量は決して負けてない。才能に関しては似たり寄ったりだったと思う。

 それでも最後まで、わたしは彰也にかなわなかった。

 理由がわかったのは、もう少しあとになってからだった。


 12月になって、わたしが12歳の誕生日を迎えた直後、本家と分家の人間が遠見塚の家に集合した。

 おじいさまが呼んだの。

 正確な人数は覚えてないけど、30人くらいはいたかな。遠見塚の血を引く人間ってこんなにいたんだって驚いたよ。

 みんな、道場に集められてね。普段はわたしと彰也しかいない道場にたくさんの人がいるのは変な感じがした。

 火の気のない道場でみんなが寒さに震える中、おじいさまが入ってきた。

 本当なら立つことも難しいはずなのに、ぴんと背筋を伸ばして、しっかりした足取りで。

 しんと静まり返った道場で上座に立ったおじいさまは、正座するわたしたちを力のこもった瞳で見渡した。

 わたしを素通りしたおじいさまの目は、わたしの隣で留まった。

 その時点で、まさかという思いと、やっぱりという思いが一緒になったのを覚えてる。

 重々しく、おじいさまは口を開いた。


「彰也。おまえが次の影無だ」


 場内はどよめいたよ。誰もが春夜が選ばれると思っていたんだろうね。

 春夜は、まるでお化けでも見るみたいな目で、自分の弟を見ていた。

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