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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第六章 穏やかな塵
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穏やかな塵①

 わたしたちは、仲がよかった。

 住んでいるところは別々だったけど、毎日、学校が終わったらわたしの家で訓練をしていたから、顔を見ない日はなかったの。

 

 うん、影無かげなし候補としての訓練。魔術や剣術、素手での戦い方を習ってた。

 訓練は厳しかったな。当時の影無だったおじいさまが先生でね、怒りっぽくて、すぐ雷を落とすんだ。

 怖かったよ。

 魔術では、わたしは怒られてばっかりだったな。炎1つ灯すことすらできないのかって。

 でも、どれだけ努力しても、できないものはできなかった。遠見塚とおみづかなのに、才能がなかったんだ。

 他にも親戚で歳が近い子はいたけど、おじいさまが直々に稽古をつけていたのは、明らかに見込みがある子だけだった。わたしだけが浮いてたの。

 子どもながらに、なんでわたしは春夜しゅんやたちと一緒に訓練しているんだろうって思ってたよ。

 要は本家の子の義務みたいなものだったんだろうね。本家の人間が毎回影無になるわけではないんだけど、面子の問題かな。


 魔術の才はない。特別な力もない。でも、影無候補であることからは逃れられない。

 わたしは、剣術をがんばるしかなかった。

 物心がつくかつかないかのうちに持たされた剣をずっと振り続けてたら、手の皮が厚くなっちゃった。


 努力の証拠、か。


 氷魚くんにそう言ってもらえると、まだ救いがあるかな。兄さんや凍月いてづきにはたまにからかわれるんだ。びんたされたら痛そうだなってさ。


 本家なのに、兄さんは一緒に訓練しなかったのかって? 

 兄さんは、なんだかんだと理由をつけていっつも逃げてたよ。のらりくらり、うなぎみたいにね。

 おじいさまも諦めてたみたい。

 それでも魔術の才能はずば抜けていて、ほとんど独学で魔導具作成までできるようになったの。

 魔導具作成ってすごく難しくて、できる魔術師は限られるんだ。遠見塚の中でも珍しいよ。この辺だと、あとは泉間に1人いるくらいかな。


 っと、話が逸れたね。今は兄さんのことはいいや。

 訓練漬けの日々は大変ではあったけど、みんなと一緒だったから苦じゃなかった。その日の訓練が終わった後は、大抵一緒に晩ご飯を食べた。

 賑やかだったよ。

 特に春夜はよくしゃべる子で、いつも場の中心にいた。

 ご飯を作ってくれてた通いの家政婦さんも、春夜をひいきしてたし。たとえばハンバーグひとつとっても、春夜のだけ明らかに大きいんだよ。ずるいよね。

 ずるいといえば、悪戯をしても、春夜だけはあんまり怒られないの。

 家じゅうの障子に穴をあけたり、庭におじいさま狙いの落とし穴を掘ったり、春夜はやりたい放題してた。

 おじいさま? 落とし穴に落ちたよ。あれは絶対わざとだね。厳しい人だったけど、茶目っ気があったの。

 おじいさまは穴の中で形ばかり怒ってみせて、春夜も笑いながら謝って――

 びくびくしてたのは、わたし、雅乃みやの彰也あきやだけだったな。


 春夜は、剣術も魔術も、わたしたちの中では文句なしに一番だった。

 年上だったっていうのもあるけど、そもそも、持って生まれた才能が違っていたんだろうね。

 同じ努力をしたとしても、倍以上の速さで伸びていく。

 追いつくためには春夜以上の努力をしなくちゃいけないんだけど、どれだけがんばっても永遠に追いつけない気がした。

 魔術はもちろん、剣術でも。

 最初は悔しかったよ。どうしてって思ってた。どうして春夜ばっかりって。

 でも、そのうち悔しさは憧れに変わってた。

 春夜はすごい。すごいから、かなわなくてあたりまえだって。

 いま思うと、当時のわたしはそうやって自分をごまかして春夜に追いつくことを諦めたんだろうね。

 大人たちも春夜には一目置いていて、次の影無は春夜で間違いないだろうってみんな言ってた。

 春夜はいつも自信にあふれていて、ことあるごとに『凍月はぼくが引き受けるから、みんなは好きなことをするといいよ』って口にしてた。

 わたしは自分が影無になれるとは思ってなかったけど、だからといって、好きなことができるとも思ってなかった。


 え、将来の夢?

 確かに、小学校の卒業アルバムに書かされたけど……。


 言っても笑わない? 

 ぜったいだからね。


 ――パティシエール。


 あ、その顔。作るよりも食べることが好きなくせにって思ったでしょ。

 思ってない? 本当に?


 わかった。信じる。


 と、また話が逸れた。


 次は雅乃の話ね。

 雅乃はわたしの4つ上で、身近なおねえさんだった。

 美人でおしとやかで、大和撫子やまとなでしこってああいう女性のことを言うんだと思う。

 剣も魔術も春夜に次ぐ実力を持っていたけど、決してひけらかしたりしなかった。

 雅乃はやさしかったよ。

 おじいさまに怒られたあと、隠れてべそをかいていたわたしをよく慰めてくれた。

 みんなにはばれないようにしていたつもりだったけど、雅乃はお見通しだったみたい。

 どこにいても、いつも見つけてくれた。

 子どもにしてみれば迷路みたいなお屋敷だったんだけど、どうやって見つけてたんだろう。いまでもわからない。


 雅乃が本当のおねえさんだったらいいのにって、何度も思ったよ。

 兄さんに不満があるわけじゃないけどね。頼れるおねえさんって、なんか、いいじゃない。

 氷魚くんにも、水鳥さんがいるでしょ。

 どうしたのその顔。

 え? 頼りにはなるけど、こき使われることの方が多い? 

 実の姉って、そういうものなのかな……。

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