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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第六章 穏やかな塵
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星祭りの夜に③

「さ、わたしたちも回ろうか」

「あの、いさなさん。おれ、買いたいものがあるんですが」

「ん、なに? 焼きとうもろこし?」

「ちょっと待っていてください」

 氷魚ひおはサイリウムのブレスレットを売っている屋台に行くと、1つ購入した。500円となかなか強気な価格設定だ。

「よかったら、これ、どうぞ」

 いさなの元に戻った氷魚は、ブレスレットを差し出した。

「え、わたしに?」

「はい。普段お世話になっているので、そのお礼です」

 いさなは、氷魚の手から淡く光るブレスレットを受け取る。

「ありがとう。嬉しい。でも、どうして?」

「さっき、屋台に目を留めていたから、気になるのかなって」

「あ――気づかれてたんだ。ちょっと恥ずかしいな」

 いさなは、気まずそうに前髪を撫でつけた。

「サイリウム、好きなんですか?」

「昔、欲しかったけど買えなかったんだ。見栄を張ったの」

 言って、いさなは手首に着けたサイリウムをじっと見つめる。

「見栄?」

「うん。小学生の頃、お祭りに行ったときに、サイリウムのブレスレットを欲しがった子がいたんだけど、その子のお兄さんが『あんなの欲しがるのは子どもだけだよ』って言ってね。わたしにも刺さったよ。当時のわたしたちは当然子どもだったんだけど、背伸びしたいところもあったから、わたしも買うのを我慢した。興味がないふりをしてね」

 その時のいさなの姿を想像すると、微笑ましくて自然と頬が緩くなる。

 なんとなく、いさなは子どもの時から大人っぽいんじゃないかと思っていたが、年相応の子どもらしい部分もあったようだ。

「そうだったんですね」

「だから、改めて、ありがとう」

「喜んでもらえて、よかったです」

 たった一晩で光らなくなる儚いサイリウムだが、いさなの笑顔を見られたのだから、買った甲斐はあった。

「氷魚くんは、自分の分は買わないの?」

「おれはいいです」

 2人でお揃いのブレスレットを着けていたら、まるでカップルだ。

 自分はよくても、周囲を歩く人からいさなが誤解を受けたら悪い。

「わたしが氷魚くんの分を買おうか」

 気づいているのかいないのか、いさなはそんなことを言う。

「え、いやいや、ホントにいいです。大丈夫です」

 氷魚は何度でも思う。自分といさなではどう見ても釣り合わない。星山ほしやま香椎かしいみたいにはいかないのだ。

 一応怪異調査ではあるけど、こういう場でいさなの隣にいるのはもっと格好いい男性であるべきではないか。

「そう――?」

「それより、食べ物を買いましょうよ。射的もいいですね」

「射的か。銃はあんまりうまくないんだよね。輪投げにしない? それかヨーヨー釣り。型抜きも捨てがたいね」

「いさなさんの好きなのでいいですよ」

「なら、何かお腹に入れて、それから輪投げね」

「わかりました」

 氷魚はいさなと連れ立って歩き出す。

 嬉しそうないさなの顔を見て氷魚は思う。

 たとえ釣り合わなくても、今この時間だけは楽しもう。


 夜店の食べ物を全種類制覇する勢いで片っ端から食べ歩きをしたり、デザート代わりのわたあめ片手に輪投げで店主泣かせの正確無比なコントロールを見せたり、型抜きで挑戦者にクリアさせる気がないだろうというお題のステゴサウルスをあっさり成功させたりと、いさなはお祭りを満喫していた。

 食べること以外は横でほぼ見ていただけの氷魚にも、いさなが楽しんでいるのが十分伝わってきた。

 調査そっちのけの気もするが、氷魚には想像もつかないような峻烈しゅんれつな日々を生きるいさなの、せめてもの息抜きになってくれたのならばよかったと思う。


 一通り夜店を見て回った氷魚といさなは、イベントスペースのベンチに腰かけた。

 イベントスペースと言えば聞こえはいいが、要は商店街の空隙で、つまりは空き地である。新しい店が立つ気配もない。昔も、今も。

 そんなイベントスペースだが、星祭りの夜に古めの映画を上映するのは今も変わっていないようだ。

 普段は商店街の倉庫で眠っているのであろう、年季が入った安っぽいスクリーンには『E・T』が映し出されている。

 子どもたちと宇宙人の出会いを描いた、永遠に色あせない名作だ。

 昔観た時は完全に架空のお話だと思っていた。

 でも今は違う。

『E・T』はフィクションだとしても、怪異があるのなら宇宙人だって本当にいるのかもしれないと氷魚は思う。

 自分の知らないところで、映画みたいに人間の子どもと宇宙人が出会っていてもおかしくはない。

 黒服を着た政府のエージェントが宇宙人と出会った人の記憶を消して回っている可能性だってある。

 そう考えると、世界がまた違ったもののように見えてくる。

 怖くもあるが、愉快でもあった。

「お祭り、終わっちゃうね」

 自転車で夜空を飛ぶ有名なシーンを見ながら、いさなは寂しそうに呟いた。

「おれたちには、何も起こりませんでしたね」

 怪異も魔術も、気配の欠片すらなかった。

 無事に過ごせたと安心する一方で、不思議な出来事が起きるのをどこかで期待していた自分に気づく。

 祭りの熱気にあてられたせいだろうか。

「そうだね」

 会いたい人がいると言っていたいさなだったが、落胆した様子はない。元々望み薄だったのかもしれない。

 香椎は、おばあさんに会えたのだろうか。

 いさなの会いたい人とは、誰だったのだろうか。

「氷魚くん、この後、時間ある?」

 氷魚がぼんやりとスクリーンを見ていると、いさなが唐突に言った。

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