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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第六章 穏やかな塵
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星祭りの夜に②

 氷魚ひおといさなは畑村はたむら商店街に着いた。

 普段は閑散としている商店街も、星祭りの期間中は大勢の人であふれる。

 夜店や笹飾りに彩られた商店街は、いつもの見慣れた商店街とはまるで違う場所のように見えた。

 星祭りに来るのは小学生の時以来だ。久しぶりだが、雰囲気は昔とちっとも変わってなくて、なんだか安心する。

 夜店でサイリウムのブレスレットがまだ売られているのを見て懐かしくなった。父にねだって買ってもらったが、たった一晩で光らなくなったのを思い出す。

 冷蔵庫で冷やしておけば長持ちするという夜店のおっちゃんの言葉は嘘ではなかったが、もっと長く光り続けるものと思っていた。

 光らなくなったサイリウムのブレスレットは、お祭りの後の寂しさをぎゅっと凝縮した象徴のようなものに見えて、悲しくなったのを覚えている。

「どこから回ろうか? まずはやっぱり定番の焼きそばやたこ焼きかな。リンゴ飴もいいね」

 夜店を見渡して、いさなは目を輝かせた。当然のように食べ物ばかりだ。

「――あ」

 きょろきょろしていたいさなは、サイリウムのブレスレットを売っている屋台に目を留める。もしかして、欲しいのだろうか。

「おい、いさな。浮かれるのはいいが、当初の目的を忘れてねえだろうな」

 と、影の中から、凍月が低い声で言った。いさなは瞬時に表情を引き締める。

「もちろん、忘れてないよ。――怪異や魔術の気配は?」

「今のところ、ねえな」

「そう。引き続き、観測お願いね」

「あいよ」

「怪異はわかりますけど、魔術って……」

「一応ね。警戒しておこうと思って」

「もしかして、春夜しゅんやさんと雅乃みやのさんですか」

 警戒と聞いて真っ先に思い浮かんだのが、春夜たちの顔だった。

「氷魚くんは、あの2人と会ってるんだよね」

 氷魚は「はい」とうなずいた。

 春夜と雅乃のことは直接いさなには言っていないが、真白たちから伝わったのだろう。

「あの2人、何をするかわからないから」

「やっぱり、猿夢や蛇は――」

遠見塚とおみづかたちばなくんじゃないか」

 声のした方に目を向けると、浴衣姿の星山ほしやま香椎かしいがいた。

 よりにもよって、と氷魚は天を仰ぎたくなる。

 鳴城なるしろ市民がたくさん集まる星祭りで顔見知りに会う可能性は低くはないが、最初に会うのが星山と香椎だなんて、偶然にしても意地悪だ。

 浴衣を着た2人はどこからどう見てもお似合いのカップルで、文句のつけようがない。

 そんな2人を見てしまったいさなの気持ちが気になった。

「こんばんは。星山くん、香椎さん」

 いさなは、特に気にした様子もなく微笑んで挨拶する。氷魚も「こんばんは」と続いた。

「こんばんは。2人は、デート?」

 香椎がからかうような口調で言う。

「いえ、部活動の一環です」

 いさなより早く氷魚は口を開いた。いさなに否定されるよりダメージが少ないと思ったからだ。

「ああ、怪異なんとか部だっけ。星祭りに怖い話なんてあったっけ?」

 香椎の口調には棘があった。

 香椎は怪異やオカルトに対してあまりいい印象を持っていないようだ。元から嫌いなのか、彼氏の部活の名前が浸食されたのが原因なのかはわからないが。

「なんでも、鳴城の星祭りには死者が混ざっているそうだよ。鳴城7不思議の1つだね」

 のんびりとした口調で星山が言うと、香椎は顔をひきつらせた。

「え、ちょっと辰博たつひろ、やめてよ。怖いって」

「怖くはないさ。見える死者は、自分が会いたい人らしいから」

「会いたい人? だったら、亡くなったばかりのおばあちゃんとか?」

「会えるかもね」

「でも、どうせ迷信でしょ?」

 香椎は肩をすくめる。

「どうかな。鳴城の星祭りの起源は古いんだ。何度も何度も繰り返されているうちに、不思議なことが起こる土台ができていてもおかしくはないとおれは思う」

「そこから、星祭りには死者が混じるっていう7不思議が生まれた?」

「かもね。昔はもっといろんなお願いがあったんだろうけど、最終的に残った願いの結果が7不思議になったのかもしれない」

「最後に残った願い……」

「ほら、人は昔から星に願いをしてきただろ。流れ星にお願いをすると叶うって、有名だよね。星祭りの日は、その効果が増すのかもしれない。『あの人にもう一度会いたい』っていう願いすら、叶うのかも」

「……」

「香椎は、おばあさんに会いたいのかい?」

 星山が問うと、香椎はうつむいた。

「――会えたら、謝りたいんだ」

「どうしてまた」

「うちのおばあちゃん、だいぶ前に認知症になって、それからずっとお母さんが介護で苦労してたの。よくテレビとかでネタにされるでしょ。『ご飯はまだか』って、あれ、冗談じゃないんだよね。何度も何度も同じことを確認するの。薬は飲んだかとか、病院に行く日はいつか、とか。お母さん、いつもはやさしいんだけど、やっぱりお店との両立が大変だったみたいで、時々おばあちゃんに声を荒げてさ。釣られてってわけじゃないけど、あたしもついひどいことを言ったりした。『さっき言ったじゃん。どうして覚えてらんないの?』みたいなね。小さい頃はあんなにかわいがってもらったのに」

 星山に、というより、自分自身に聞かせるように香椎は言う。

 ずっと口に出したくて、でも誰にも聞かせられない言葉があふれ出てきたようだった。

「そうだったんだね」

 星山の声は、どこまでもやさしかった。

「……あ、ごめんね。楽しいお祭りの夜にこんな話。遠見塚さんと橘くんも、ごめん」

 香椎ははっとしたように言う。

「ううん、全然」

 いさなは首を横に振り、

「香椎さん、おばあさんに会えるといいね」と言った。

「――うん。ありがとう、遠見塚さん」

 香椎からは、先ほどまでのとげとげしい雰囲気が消えていた。

「じゃあ、おれたちは行くよ。2人も、調査もいいけど、せっかくだからお祭りを楽しんでもいいんじゃないかな」

 言って、星山と香椎はお祭りの雑踏に紛れて姿を消す。

「怪異って、怖いものばっかりだと思ってましたけど、そうじゃないのもあるんですね」

 消えていく2人を見ながら、氷魚はぽつりと言った。

「そうだね。怖いだけじゃなくて、やさしい妖怪だっているしね」

 凍月のことだろうか。口に出して確認したら凍月にまた怒られそうなので、氷魚は黙ってただうなずいた。

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