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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第六章 穏やかな塵
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星祭りの夜に①

 あまりに時間が経つのが遅すぎて、永遠に来ないんじゃないかと思われたいさなとの待ち合わせの時間30分前になった。

 服は悩み抜いた末に『ウニクロ』のシャツとパンツに決めた。手持ちではわりといい方だ。夏のお祭りといったら浴衣というイメージがあるが、氷魚ひおは浴衣を持っていない。

 仮に持っていたとして、自分だけ浴衣でいさなが普段着だったら空回り感が半端ではないのでこれでよしとする。

 戸締りを確認して家を出た。

 星祭り中の畑村商店街は込み合うので、待ち合わせは近くのスーパーだ。

 氷魚は店内に入り、たい焼きやたこ焼きを売っている、ちょっとしたフードコートみたいなスペースの椅子に腰を落ち着ける。

 同じことを考えたのか、人待ち顔の男性や女性がちらほらいる。浴衣を着ている人もいた。

「氷魚くん、お待たせ」

 意味もなく携帯端末をいじりながら、いさなはどんな服装で来るのかなと考えていたら、声がかかった。

 氷魚は顔を上げる。

 薄紅色の浴衣を着たいさながはにかんでいた。今日は長い髪を結い上げている。

「――」

 めちゃくちゃかわいかった。

 かわいすぎて息が止まるかと思う。とっさに言葉が出てこない。

「……どうかな?」

 沈黙している氷魚に向かって、緊張した面持ちになったいさなが尋ねる。

「似合ってます。すごくかわいいです」

 氷魚が思ったままを言うと、いさなはなぜか目を逸らした。

「そ、そう。……ありがとう」

 そんな仕草もかわいらしくて、破壊力抜群だった。周りの視線が集中しているのを感じるのは、きっと気のせいではない。間違いなく、いさなは目を引く存在だ。

「茉理に着付けを習って正解だったな」と小さく凍月の声がする。

「浴衣って、着るの大変なんですか?」

「着物と比べたら大したことないんだろうけど、きちんとした着方をするなら、それなりにね。ネットで調べてもよくわからなかったから、茉理まつりさん――わたしの師匠に訊いちゃった」

「あいつ、着付けを教えるためだけにわざわざ泉間から来たからな。暇人かよ」

「茉理さんって、姫咲ひめさきさんは保護者だって言ってましたけど、いさなさんの師匠でもあったんですね」

「そうだね。見習い時代も、今も、お世話になってる」

 いさなの言葉からは、茉理に対する確かな信頼が伝わってくる。いさなや真白に信頼を寄せられる茉理とは、一体どんな人物なのだろう。きっとすごい人に違いない。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「そうですね」

 いさなに促されて、氷魚は席を立った。

 2人は連れ立ってスーパーを出る。


「そういえば、氷魚くんは鳴城なるしろの七夕がなんで星祭りっていうか知ってる?」

 商店街までの道すがら、いさながそんなことを訊いてきた。

「いえ、知らないです」

「そもそも星祭りって、七夕の別名でもあるんだけど、仏教の儀式の名称でもあるのよ。そっちは冬至や立春に行うんだって」

「それだと、夏とは正反対の寒い時期ですね。どんな儀式なんですか?」

「巡ってくる9つの星を供養して、災いを取り除き、幸福を招く儀式、らしいよ。で、鳴城が星祭りっていう名称を使う理由なんだけど、鳴城のお姫様の簪、覚えてる? 鳴城氏の家紋ね」

九曜紋くようもんでしたっけ」

 井戸の底で凍月いてづきに教えてもらった。

 九曜とは、日月火水木金土に計都けいと羅睺らごうを加えたもの、だったはずだ。計都と羅睺は凶兆の星だと、あとで調べて知った。

「鳴城氏の祖先が戦でピンチになった時に星が降ってきて助けてくれた、っていう逸話が由来だって凍月さんに聞きました」

「そう、それ。わざわざ星祭りっていう名称を使うのは、九曜にちなんでそこから取ったんじゃないかっていう説があるのよ」

「なるほど。仏教の星祭りと七夕を混ぜてるんですね」

「あくまで一説だけどね」

「いさなさん、詳しいですね」

「星山くんからの受け売りよ」

 星山の名を聞いて、ちょっと胸がざわつく。氷魚は努めてなんでもないふうを装って、

「部長、いかにも詳しそうですもんね」と言った。

「物知りだよね。わたしももっと勉強しなきゃって思う」

 言って、いさなは星が瞬く夜空を仰いだ。

「――この前の依頼で、何かあったんですか?」

 ずっと、できるならばしないでおこうと思っていた質問だった。

 7月14日に早退したいさながどこで何をしてきたか氷魚は知らない。いさなは詳細を語らないし、訊いたとしても軽々しく教えられないだろうと思ったからだ。

 それでも、いさなの物憂げな横顔を見ていたら、つい口からこぼれ出てしまった。

 いさなはちらと氷魚を見て、また視線を前に戻す。

「依頼で知り合った子と、約束をしたの」

「約束?」

「そう。その約束を果たすためには、今のわたしじゃ何もかもが足りない。だからもっと勉強して、いろんなことを知って、依頼をたくさんこなすって決めた」

 いさなが以前とどこか雰囲気が変わったように見えるのは、その約束が原因なのだろうか。前から芯の強さは感じていたが、それが一層強固になったように思う。

「そうだったんですね。――いさなさんは、すごいな」

 たった1学年しか違わないのに、とんでもなく遠いところにいるみたいだ。

「わたしからすれば、氷魚くんの方がすごいと思うけどね」

「おれが?」

「うん。専門の訓練を受けたわけでもないのに、猿夢に立ち向かったし、一緒に鎧武者の謎を解いてくれたし、時の腐肉食らいの襲撃を潜り抜けた。これがすごくないわけないよ」

「全部、いさなさんや真白さんに助けてもらったからですよ。おれの力じゃないです」

 これまでの体験を並べるとかなりの修羅場をくぐってきたように思えるが、氷魚自身は特に何もしていない。怪異に振り回されて右往左往していただけだ。

「ううん。氷魚くんには力があるよ」

 いさなはゆるく首を振って言う。

「力って、おれには何も特別な力はありませんけど」

「特別なものじゃない。誰もが持っている、でも、十分に発揮するのは難しい、逆境にもくじけず、決してあきらめない意志の力。――氷魚くんは、精神力が強いんだと思う。いくら周りが助けてくれたって、本人の意志がなければどうにもならないからね」

 そう言われても実感はない。自分はなんとしても生き延びようと必死だっただけだ。単に生への執着が強いだけではないのか。

 そんな氷魚の気持ちが伝わったのか、いさなは微笑んで、

「氷魚くんは、怪異から目を逸らさず、逃げ出さなかった。もっと自信を持ってもいいと思うよ」と言った。

 真っ向から褒められると、嬉しさよりも照れが勝る。

「――あ、ありがとうございます」

「これから先も、氷魚くんなら、どんなことがあってもきっと大丈夫」

「今まで以上の怖い出来事に出会うのは、できれば勘弁してほしいですけどね」

 もっとも、猿夢や、時の腐肉食らいに追いかけられる以上の恐怖など、そうそうないだろう。

 そうであってほしい。

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