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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第六章 穏やかな塵
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夏休み前日①

 一学期最後の朝、氷魚が登校すると、1-5の前の廊下でいさなが待っていた。氷魚ひおの胸が弾んだ。

「いさなさん!」

 携帯端末でやり取りはしていたが、顔を見るのは1週間ぶりだ。思わず大きな声が出てしまった。辺りを歩く生徒たちの視線を集めてしまう。

「氷魚くん、元気そうでよかった」

 いさなは気にした様子もなく、微笑んで氷魚に手を伸ばした。かと思うと、すぐに引っ込める。

「――?」

「ハグだろ、ハグ」

 意図が読めずに氷魚がきょとんとしていると、いさなの影から、凍月の囁き声が聞こえた。

「ハグ?」

 なんのことだろう。

「気にしないで」

 なぜか頬を赤らめたいさなはぎこちなく氷魚の肩を叩き、「とりあえず、これでいいよね」とうなずいた。

 何がいいのかわからない。凍月に訊こうと思ったが、いさなは、

「じゃあ、放課後に、また」と自分の教室に入っていってしまった。

 もう少し話をしたかったが、仕方ない。放課後までお預けだ。

 夏休みも楽しみだが、久しぶりにいさなと話ができるのが、今はどんなことよりもうれしい。


「何かいいことでもあった?」

 教室に入った氷魚が自分の席に着くと、隣の席の陣屋じんやが話しかけてきた。どうやら、自分はにやけ面をさらしていたらしい。

「久しぶりに遠見塚とおみづか先輩に会えた」

 隠すことでもないので、正直に言う。

「会えたって、それだけ?」

「それだけ」

 氷魚がうなずくと、陣屋は呆れたようにため息をついた。

「先輩、たちばなくんが来る前から廊下でそわそわしてたし、てっきり何か進展でもあったのかと」

「進展って?」

「なんでもない。気にしないで」

 そう言われても、気になる。

「――っていうか、先輩、ずっと廊下にいたの?」

「少なくとも、わたしが登校した時にはいたね。1秒でも早く橘くんに会いたかったんじゃない?」

「まさか。他に用事があって早く来たんだと思うよ。おれの方はついででしょ」

「まあ、橘くんがそう思うなら、それでいいんじゃないかな」

 陣屋は肩をすくめた。

 直接会うのは1週間ぶりだが、いさなとは携帯端末でのやり取りはしていた。

 それなのに、氷魚にできるだけ早く会うためだけにいつもより早く登校し、廊下で待つ?

 そんなの、ありえない。

 ――ありえない、よな。

 でも、もし、そうだったら――


 うれしくないわけがない。


 さっぱり頭に入ってこない校長先生の話や、夏休み中の諸注意を右から左に聞き流し、終業式をやり過ごす。

 そうして帰りのホームルームが終わってすぐに、氷魚は教室を出た。

 夏休みが始まる前の高揚感は、小学生の時から変わらない。ほぼ無限に休みが続く気がする。たとえそれが錯覚であっても構わない。気持ちの問題だ。

 2-5の教室を覗くが、氷魚のクラスより早くホームルームが終わったようで、残っている生徒はほとんどいなかった。いさなは見当たらない。

 まあいい。部室に行けば会えるはずだ。

 夏休み前特有の開放的な気分と共に、氷魚は郷土資料室に向かった。


 日常に這い寄る怪異、引き受けます。


 という張り紙が貼られたままのドアを開ける。

 部室の中では、いつものように星山ほしやまが本を読んでいた。いさなの姿はない。

「おう、橘くんか。遠見塚なら職員室だよ」

「いさなさん、どうかしたんですか?」

 リュックを置いて、氷魚は椅子に座る。

「担任に呼ばれてた。出席日数の件かもね」

「ああ……」

 7月14日に早退してから、いさなは1週間学校を休んでいる。

 以前にも仕事がらみでちょくちょく休んでいたらしいので、出席日数が不足気味なのかもしれない。

「まあ、心配しなくても大丈夫だと思うよ。遠見塚は成績もいいし、よほどのことがなければ進級できるはずさ」

「――そうですね」

 一瞬、もしいさなが留年したら同じクラスになれるのでは、と不謹慎なことを考えてしまった。いさなの不幸を願ったみたいで、自己嫌悪する。

「――ところで、郷土部は、夏休みはどんな活動をするんですか?」

 気を取り直して、氷魚は尋ねた。

「郷土部じゃなくてキョーカイ部だろ。遠見塚に怒られるよ」

 笑いながら修正される。余計な気遣いだったらしい。やっぱり、以前の部名にこだわりはないようだ。

「ですね」

「こっちは、特にこれといったことはしないかな。ああ、でも、どこかに旅行するのなら、その場所の一風変わった歴史や伝説、不思議な話を仕入れてきてくれると助かる。新聞のネタにするからさ」

「わかりました。そうします」

「期待してるよ。鎧武者の記事、評判が良かったからね。怪談の側面に光を当てていたってさ。橋の上の姫と絡めていた点とか、興味深かったな」

 陣屋の依頼で調査した鎧武者の件は、差し障りのない範囲でレポートにまとめ、星山に提出していた。

「いさなさんのおかげですよ。おれはただの付き添いでした。記事を書いたのは部長ですし」

「だとしても、情報提供は橘くんだろ。きみがいなきゃ書けなかった記事だよ」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」

 星山とそんなことを話していると、ドアが開いた。いさなかと目を向ける。

辰博たつひろ、お待たせ」

 以前、星山と仲がよさそうに話していた女子生徒だった。手にはお弁当を持っている。

 女子生徒は、氷魚を見ると一瞬だけ固まった。が、すぐに笑みを浮かべる。

「きみ、橘くんだよね。あたし、香椎かしいっていうの。辰博がいつもお世話になってます。」

 目が笑ってないのが怖い。言外に、邪魔だからさっさと出て行けと言っているようだ。

 そういえば、星山はいつもお昼は部室で彼女と食べるといさなが言っていた。

 しくじったなと思う。終業式だからと油断していた。

「あ、いえ、お世話になっているのはおれの方です」

 氷魚はそそくさと立ち上がりリュックをつかんだ。いさなの言葉を借りれば、お邪魔虫にはなりたくない、である。

「それじゃ、おれはそろそろ帰りますね」

「うん。いい夏休みを」

「先輩たちも」


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