表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第五章 玉虫色の死線
76/281

死線の先⑤

春夜しゅんや雅乃みやのというのは、遠見塚とおみづかさんのお知り合いですか」

 話に入る隙を伺っていたのか、宗祇そうぎが口を開いた。

「はい。わたしのいとこです」

「そうだったのですね……」

「宗祇さんは、春夜たちがアキくんを連れ出したことを知らなかったようですが」

「ええ、上からはただ玉虫色が逃げ出した、としか。今の話を聞いて納得しました。鉄壁のセキュリティを誇るはずの研究所がたった2人と1体にしてやられたなんて、面子が丸つぶれだ。大っぴらにはできませんね」

 言って、宗祇は細い息を吐いた。

「そっちの情報部も、今頃血眼になってふたりの行方を追ってるんじゃないかしら」

 茉理まつりが頬に手を当てて言う。

「『も』ということは、協会でも?」

「ええ。詳しくは言えないけど、色々やらかしているからね」

「なるほど。情報交換したいですね」

「それを決めるのは上の方ね。私からはなんとも」

「――そろそろ、いいかな」

 しびれを切らしたのか、アキが口を挟んだ。茉理が微笑む。

「ああ、ごめんなさい。どうぞ」

「じゃあ、心残りの2つ目なんだけど」

 アキはいさなの目を見つめる。昨日までの感情が読めない目ではない。穏やかで、凪いでいる。

 見ていると、こちらの気持ちも落ち着いてくる。他の玉虫色の目とは大違いだ。

「うん、なに?」

「ぼくの分裂体の熊、いたよね。あれは危険だ。放っておいては帰れないよ」

「茉理さんが倒したんじゃないの?」

「いえ。私が倒した玉虫色の中に、熊はいなかったわ」

「ということは、手負いのまま今もどこかに?」

 だとしたら、確かに放ってはおけない。

「心当たりはあるよ。地図を見せてもらえる?」

 茉理が地図を差し出した。

「ここだね」

 アキが指さしたのは、神社だった。

「付近一帯の霊力が集中してる。傷を治すにはもってこいだ」

「なるほどね。神社ってそういう場所に建てられていることが多いものね」

 茉理がうなずく。

「場所がわかっているのなら、さっそくうちから人員を派遣しましょう。協会の方々は今も村内を巡回してくださっていますし」

 宗祇が携帯端末を取り出した。

「待って。ぼくは、おねえさんにお願いしたいんだ」

 いさなに目を向けて、アキは言った。

「わたしに?」

「それ、いさっちゃんじゃなきゃダメなの? 私や、他の許可証持ちでも倒すことは可能よ」

 茉理が言うが、アキはいさなから目を離さなかった。

「ぼくは、おねえさんがいいんだ」

「ガキ、いさなの状態を知った上で言ってるのか」凍月いてづきが口を挟む。

「知ってるよ。ぼくを守るために重傷を負ったんだよね。魔術で治癒したけど、完治には至ってない。今も苦しそうだ」

「だったら、どうしていさなにこだわる」

「まず、おねえさんの刀が理由の1つ。とんでもない刀だよね。斬られたぼくの細胞があっさり消滅してたもの。あれなら、苦痛なく屠れると思ったんだ。でも、いちばん大きな理由は――」

 いったん言葉を切って、アキは微笑む。

「おねえさんが、やさしいから。本当は、バケモノといえども斬るのはつらいんでしょう。憎くて戦っているわけじゃないものね。――そんなおねえさんだからこそ、頼みたい。あなたが一番悼んでくれるから」

 アキにしてみれば、玉虫色の熊は自分の一部みたいなものだろう。人間でいうなら、血を分けたきょうだいのような感覚なのかもしれない。

 そんな自分の分裂体だから、自分の納得のいくやり方で送ってほしい。

 そう願うアキの気持ちは、わかる気がした。

「わかった」

 いさなはアキの目を見つめ返して、言う。

「わたしが、斬る」

 自分がやさしいかどうかはわからないし、ふさわしい役目かどうかもわからない。けれども、アキの気持ちには応えたいと思う。

「つらいことを頼んで、ごめんなさい。わがままを聞いてくれて、ありがとう」

 言って、アキは頭を下げた。

「けどいさな、その身体じゃ」

「凍月、あなたいつからそんなに過保護になったの?」

 いさなが言うと、凍月は振り向いていさなを見上げた。

「なんだと」

「わたしがやわじゃないのは、あなたが一番よく知っていると思ってたんだけどな」

 いさなはあえて挑戦的に言って、不敵に笑ってみせた。

「こいつ――。言うじゃねえか。だったら、今回は俺が手を貸さなくても問題ねえな」

「うん。特等席で見物しててよ」

「後で泣いても知らんからな」

「花見川さん、いいのですか?」

 ふたりが言い合いをしていると、宗祇が茉理に尋ねた。

「いいのよ。この子たちはこんな感じで」

 茉理は気楽な調子で答える。

「いえ、そうではなく、遠見塚さんの状態では……」

 宗祇が言いにくそうに口ごもる。傷だらけの小娘に任せるなんて論外だ。本当はそう言いたいのかもしれない。

「心配いらないわ。彼女、自分で言ったでしょ。やわじゃないって。私はいさっちゃんを信じるから」

「茉理さん……」

 温かい茉理の気持ちが伝わってくる。

 ボロボロの身体に、力が湧いてくる気がした。

「――わかりました。ならば、今回の件は遠見塚さんに一任します。遠見塚さん、よろしいですか」

 しばし思案していた宗祇は、いさなに向き直って言った。いさなは大きくうなずく。

「はい。全力を尽くします。――ただ、出発する前に一つだけ」

「なんでしょうか」

 いさなはお腹を押さえた。痛いわけではない。

「レーション、余ってませんか」

 色々台無しだが仕方がない。昨日の夜から何も口にしていないのだから、大目に見てほしい。このままでは怪我よりも空腹で戦いどころではない。

「腹が減っては戦ができぬって言うけどよ、こいつの場合、それがマジなんだよな……」

 凍月が、呆れたように呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ