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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第五章 玉虫色の死線
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死線の先④

「男の人と女の人。春夜しゅんや雅乃みやのって名乗ってた」

 予感と共に覚悟もあった。だから、アキが口にした名を聞いても、さほどの動揺はなかった。そのはずだった。

 事情を知っている茉理まつりが、そっといさなの肩に手を置いた。茉理の手の温かさが伝わってくる。

「――あいつらか」

 黙っているいさなに代わり、凍月いてづきが口を開いた。

「あの人たち、強いね。2人と1体しかいなかったのに、研究所のみんなをあっという間に無力化しちゃったんだ」

「――殺したの?」

 乾いた声で、いさなは尋ねた。雅乃はともかく、春夜ならやりかねない。

「死んだ人はいなかったんじゃないかな。たぶんだけど」

 希望だが、そうであってほしい。これ以上春夜に人を殺めてほしくない。

「1体というのは?」

「猫の形をした何か、だね。ちょっとぼくには正体がわからなかった」

「凍月、知ってる?」

 春夜が普通の猫を連れているわけがない。だが、いさなには見当がつかなかった。

「さぁな。ただの化け猫じゃなさそうだが」

「茉理さんは?」

「私もわからないわ。情報が少なすぎる」

「それより、春夜たちは、なぜおまえを連れ出したんだ」

 今度は凍月が尋ねる。

「研究所しか知らないぼくに、外の世界を見せたかったんだって」

「外の世界……」

 何か思うところがあったのか、凍月は小さく呟いた。

 凍月は影無かげなしの身体に縛りつけられていて、自分の意思ではどこにも行けない。

 考えてみれば、だいぶ不自由な思いをさせている。

 影無が死んだら次の影無へと継承され、その流れが途切れることはない。

 凍月は、再び自由を得たいと考えたりするのだろうか。

「それで?」と、気を取り直したように凍月が先を促す。

「春夜がぼくの手を取って、気づくとぼくたちは山の中にいた。門を創ったんだと思うんだけど、人が使う魔術にしてはあまりにもレベルが高すぎる。あの人たち、もう踏み外してるんじゃないかな」

 それはもうわかっている。あの夜、春夜は一線を超えたのだ。

 春夜の弟である彰也あきやを殺して。

 自分の望みを叶えるためなら、春夜は手段を問わないだろう。

「春夜は、ただきみを連れ出したかっただけなの?」

 いさなが問うと、アキは首を横に振った。

「ううん。ぼくを解放した報酬として、細胞が欲しいって春夜に言われた。そっちが主目的だったのかもね。一方的だったけど、断る理由もなかったから、あげたよ。大体、握り拳1つぶんくらいかな。春夜はこれで研究がはかどるって、喜んでた」

「細胞って、まさかそいつが」

 凍月の後を引き取って、アキは言う。

「村で暴れたぼくの分裂体になったんだろうね。どうやったのかはぼくでもわからないけど、たぶん、魔術で動物や昆虫と無理矢理融合させたんだと思う。昆虫に至っては巨大化までしてたね」

「春夜は、どうしてそんなこと……」

 猿夢の件も、鎧武者に憑いていた蛇の件も、春夜が関わっている可能性が極めて高いと聞いている。真白と織戸の調査の結果だから、ほぼ間違いないだろう。

 そして今回の件だ。

 春夜が雅乃と失踪したのは4年前だ。今になって姿を現したのはなぜなのか。何が目的なのか。

 わからない。

「理解しようとする必要はねえ。言うだろ、深淵をのぞく時はなんたらって。こっちまで狂気に引っ張られちまうぞ」

「春夜は、やっぱり狂気に呑まれたのかな……」

「じゃなかったら、かえってこええよ。これが正気の人間のやることか? 彰也の件をわすれたわけじゃねえだろ」

 彰也の名を聞いて、ふと、気になった。

「ねえアキくん。きみの名前と、顔だけど」

「名前は春夜がつけてくれたよ。顔は写真を見せられて、この子と同じ顔になれるかって――おねえさん、どうしたの?」

 急にうつむいたいさなが心配になったのか、アキは気遣うような声を出す。

「――その写真って、4人の子どもが写ってなかった? 2人は男の子で、2人は女の子」

 いさなの問いに、アキは即答する。

「写ってたね」

 ああ、やっぱり。

 いさなが持っている物と同じ写真だ。春夜はあの写真を持ち歩いているらしい。一体どういうつもりなのか。

 いさなは拳を握る。

 どうしてアキと名付けた。どうして彰也と同じ顔になれなんて言った。

 何もかもをぶち壊したくせに。

 今更取り戻したいというわけでもないだろう。

「あの写真がどうかしたの? ――そういえば、おねえさん、写真に写っていた女の子の面影があるね」

「気にしないで。続けて」

 いさなは顔を上げた。

 アキは何か言いたそうにしていたが、いさなの顔を見て口を閉じた。


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