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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第五章 玉虫色の死線
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馬奈守村の怪➆

 さて、どうしよう。

 いさなたちが来るまで、ずっと押入れに隠れていた少年の精神はすり減っているはずだ。幼い少年がよく耐えられたと思う。

 自分にうまく慰められるだろうか。

 何と声をかければいいか迷っていたいさなは、少年の視線が凍月いてづきに釘付けになっていることに気づいた。

「変わった生き物だね」

 しまったと思ってももう遅い。ばっちり姿を見られている。

「――新種の猫なの」

 うまくいけば、ちょっと変わった猫で押し通せるかもしれない。いさなのそんな淡い願いはすぐさま砕け散った。

「猫? さっき、喋ってたみたいだけど」

 どうやら、凍月の声を聞かれていたらしい。

「この子は、その……」

 さすがに、しゃべる猫なのだと言い張ることはできなかった。いくらなんでも無理がありすぎる。

 進退窮まったいさなが言葉に詰まっていると、肩の凍月が、

「俺はバケモノだよ」と大きく口を開けてみせた。少年は驚いたように目を見開く。

「ちょっと、凍月!」

「いいだろもう。誤魔化しきれんぞ」

「だからって……! ええとね、この子はいい妖怪なの。ほら、アニメとかでもいるでしょ。人間を助けてくれる妖怪」

 嘘ではないのだが、人の言葉を話す新種の猫と妖怪では、どちらの方が真実味があるだろう。どちらも大差ないかもしれない。

「妖怪?」

「そう。妖怪、あやかし」

「そうなんだ。こういう妖怪、はじめて見た」

 少年の頭の中でどういう処理がされたのか知る由はないが、どうやら納得してくれたようだ。子どもならではの柔軟性だろうか。

「俺はオンリーワンだからな」と凍月は偉そうに言う。

 実際、凍月は鬼や天狗のように複数存在する種族ではなく、凍月ただ一体の『固有種』らしい。

「触ってもいい?」

「いいよ」

「おい!」

 凍月が抗議の声を上げる。

「ごめん。ちょっとだけだから」

 凍月には申し訳ないと思うが、泣き出されでもしたらどうしたらいいかわからないので協力してもらおう。

 いさなは、抱きかかえた凍月を少年に差し出す。

 押入れから出てきた少年は、おっかなびっくりといった感じで凍月の背中をなでた。

「ふかふかだね」

「でしょ」

「何でおまえが得意げなんだよ」

 凍月は不満そうだが、少年の手を振り払ったりはしなかった。

「凍月っていう名前なの?」

「そう。凍る月って書いて、凍月」

「――凍月、ありがとう」

 少年は満足したのか、凍月から手を離す。

「そうだ。まだ名前を聞いてなかったね。わたしはいさな。きみは?」

「ぼく? ぼくは――アキ」

「アキくん、だね」

 彰也あきやとアキ。顔だけではなく、名前も似ている。

「偶然が重なることもあるだろ」

 いさなの思考を察したのか、凍月が言った。

「名前といえば、おねえさん、さっきぼくのことを彰也って呼んだけど」

「――ごめんなさい。間違えちゃったの」

「彰也って、だれ?」

 アキの無邪気な問いが、いさなの胸を抉った。

 彰也が亡くなって4年経つが、今でもその名を聞くのはつらい。

 傷は魔法のように消えてなくなったりはせず、かさぶたとなって現在も胸の内に残っている。かさぶたはふとしたきっかけで簡単にはがれ、新たな血が流れ出す。

「――彰也は、わたしのいとこ」

 声に震えが混じってしまうのは、仕方のないことだった。

 彰也はいさなのいとこで、先代の影無だ。わずか半日足らずの影無だった。

「仲がいいの?」

 アキが問いを重ねる。

 いさなは自分の部屋に飾ってある写真を思い起こす。

 彰也、春夜しゅんや雅乃みやの、いさな――本当のきょうだいのようだった。けれども、その関係は失われた。

 彰也は死に、春夜と雅乃は姿を消し、いさなだけが残された。

 4人の中で最も影無に遠かった自分が凍月と共に今を生きていることを、改めて不思議に思う。

 運命の一言で片づけるのは容易たやすいが、それには抵抗がある。彰也の死や、春夜たちとの別離は、一言に圧縮できるものではない。

「うん、よかったよ。わたしの兄さんが焼きもちを焼くくらい」

 胸が痛むが意識して笑みを作る。幼い子どもに情けない顔は見せられない。

「そうなんだ。だったら、どうしておねえさんは悲しそうな顔をしてるの?」

「え……?」

 そんなはずはない。自分は微笑んでいるはずだ。いさなは助けを求めるように凍月に目を向ける。

「――笑ってるよ」

 凍月は言った。

 ならば、なぜ。

 いさなが疑問に思った瞬間、居間の方からガラスが割れる音がした。

「今の音、なに?」

 度重なる恐怖で精神が麻痺してしまったのか、アキに怯えた様子はなかった。それがかえって痛ましい。

 彰也の残滓が頭をちらつくが、感傷に浸っている場合ではない。いさなは瞬時に思考を切り替える。

「おねえちゃんが見てくる。アキくんはここを動かないで。凍月、アキくんをお願い」

「ああ、子守は任せな」

「頼りにしてる」

 やはり感情のこもっていない目でいさなを見つめるアキに背を向け、いさなは寝室を出た。

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