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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第五章 玉虫色の死線
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馬奈守村の怪⑥

 日が沈むころになって、村のあちこちを訪れたいさなたちはようやく最後の一軒にたどり着いた。地図では三角マークで囲まれた家だ。一戸建てで、住み心地の良さそうな家である。

「気になってたんだけど、なんでこの家だけ三角マークなの?」

 いさなが問うと、茉理まつりは顔を曇らせた。

「この家の前で人が殺されていたの。たぶん、熊型の玉虫色にやられたんでしょうね。遺体はひどい状態だったらしいわ」

 見れば、玄関の前には黒い血の跡のようなものが残っていた。怪異混じりの熊害ゆうがいは悲惨なものだったに違いない。いさなは目を伏せて黙祷をささげた。

「遺体を収容するとき、家の中にも声をかけたんだけど、反応がなかったんだって。そのまま引き上げて屋内は調べてないって言ってたから、一応見てみようと思ったの」

「無駄足じゃねえのか」といさなの肩の上に乗っている凍月いてづきが言う。

「いいじゃない。誰もいなければそのまま引き上げるだけよ」

「そうだね」

 血の跡を踏まないように気を遣いつつ、いさなたちは玄関の前に移動した。

「お邪魔します」と茉理が玄関のドアを開けた。

 屋内にこもっていた熱気が吹き出す。生ごみのむっとするような匂いが鼻をついた。

「誰かいない? 隠れているならもう出てきて大丈夫よ。助けに来たわ」

 茉理が声を張った。家の中はしんと静まり返っている。

 少ししてから、

「物音が聞こえたわね」と茉理が呟く。

「わたしは何も聞こえなかったけど、凍月は?」

「俺も聞こえたな」

 あやかしたちは耳もいいらしい。

「調べてみましょう」

「気をつけろよ。熊は自分の獲物に執着するからな。怪異混じりにどれだけ元の習性が残っているかわからんが、戻ってきてもおかしくはねえ」

 凍月が怖いことを言った。怪異混じりの熊は、通常の熊より危険度が跳ね上がっているはずだ。どれだけ注意してもしすぎることはないだろう。

「緊急時だから、土足で失礼しましょうか」

 いさなはうなずくと、茉理と共に家の中に足を踏み入れた。


 あちこち見て回ったが、家の中はどこも荒らされた形跡はなかった。掃除が行き届いていて、土足で歩くのは気が引けた。

 夕日が差し込む家の中はきれいに整頓されている。

 仏間には、中年の男性の写真が飾られた仏壇があった。居間のテーブルには中身が半分ほど入った湯呑が置かれている。

 生活感はそのままに、この家には住人だけが欠けていた。

 いさなは、乗員が全員いなくなったまま漂流していた船の話を思い出す。

 メアリー・セレスト号、有名な海のミステリーだ。

 もっとも、あの話とはまったく状況が違うが。この家に人がいないのは怪異のせいだとはっきりわかっている。

 最後に、いさなたちは一番奥の寝室らしき部屋に入った。

「助けに来たわ。誰か、いる?」

 これまでの部屋と同じように、茉理が呼びかける。

 ことりと、押入れから物音がした。

 いさなは茉理と顔を見合わせる。任せてというように茉理がうなずく。

「ねえ、中に誰かいるの? いるのなら、もう出てきて大丈夫よ」

 やさしい声で、茉理は押入れに向けて言った。

 押入れの中で、もう一度物音がした。中に誰か、もしくはなにかいるのは間違いない。

「開けるわよ」

 ひと声かけて、茉理は押入れの戸をゆっくりと開けた。

 中にいたのは、少年だった。年齢は10歳くらいだろうか。感情のこもっていない目が、ひたといさなを捉えた。

 いさなは、凍りついたように動けなくなる。

 まさか、そんな。

 少年の顔が、いさなのよく知る人物と重なった。


「――彰也あきや?」


 震える吐息と共にその名を呼ぶ。

 ありえないという自覚はあった。

 彰也は死んだのだ。血まみれになって。

 身体が震える。

 暗闇を走る閃光、火花。生まれて初めて向けられた明確な殺意。

 いさなは口元を押さえた。

 あの時の光景がフラッシュバックしそうになる。

「いさな、落ち着いてよく確認しろ。別人だ。彰也じゃねえ」

 凍月の声で、いさなは我に返った。

 不思議そうに首をかしげる少年をよく見てみれば、確かに似てはいるが彰也ではない。

 当然だ。彰也はもういないのだ。

「いさっちゃん、大丈夫?」

 心配そうに尋ねる茉理に、いさなは軽くうなずいて大丈夫と伝える。

「おねえさんたち、誰なの?」

 いさなを見つめたまま、少年が口を開いた。彰也とは似ても似つかない声だった。

 極限状態に置かれていたためか、感情が抜け落ちてしまったかのように、少年の顔には表情がない。

「私たちは、きみを助けに来たの。ずっとここに隠れていたのかしら」

 かがみこみ、少年と目線の高さを合わせた茉理が微笑んだ。見れば、少年の近くには脱いだ靴が置いてある。家の中に足跡がなかった理由がわかった。

「うん。女の人が、隠れろって言ったから。――そうだ、あの女の人はどうなったの?」

 おそらく、少年が言う『女の人』は家の前で殺害された人物だ。少年を逃がすために自分の身を犠牲にしたのだと察しがついた。

「――ごめんなさい。ちょっとわからないわ。少なくとも、この家にはいないみたい」

 いさなと同様の結論に達したのだろう。茉理は答えをぼかした。

「そうなんだ。また会いたいな。もっと話がしたいから」

 どうやら、亡くなった女性は少年の母親ではないようだ。この家の住人だったのだろうか。

「ええ、会えるといいわね。――きみのお父さんとお母さんは?」

「わかんない」

 茉理の問いに、少年はかぶりを振る。どこかではぐれてしまったのか、それとも――

「そう。もしかしたら、先に体育館に避難しているのかもしれないわね」

 茉理は、安心させるように少年の頭をなでると、おもむろに立ち上がり携帯端末を取り出した。

「今お迎えを呼ぶから。――って、あら、ここは圏外なのね」

「さっきまでは大丈夫だったよね」

「ここは村外れだからね。そのせいかも。ちょっと外に出て電波が通じる場所を探してくるわ。いさっちゃんたちは、この子と一緒にいてあげて」

「わかった。気をつけて」

 部屋を出ていく茉理の背中を見送ってから、いさなは少年に向き直った。


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