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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第五章 玉虫色の死線
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馬奈守村の怪④

 目を覚ましたいさなは、一瞬自分が今どこにいるかわからなかった。

 オロチの中の助手席だと気づくまで、少し時間がかかる。昨夜は車中泊をしたのだった。

 運転席に目を向ける。先に起きたようで、茉理まつりの姿はなかった。

 ポケットから携帯端末を取り出す。7月15日の朝7時過ぎだった。

 なんとなく氷魚ひおにメッセージを送ろうかと考えたが、書くことが思い浮かばず、結局やめた。

 車の外に出て、大きく伸びをする。

 オロチはシートを倒せないので、寝心地はお世辞にもいいとは言えなかった。身体が強張っている。

 軽くストレッチして身体をほぐした後、いさなは洗面道具等が入ったポーチを持って公民館に足を向けた。洗面所で身支度を整え、会議室に顔を出す。

 会議室では、茉理と宗祇そうぎが机に置かれた地図とにらめっこをしていた。

「あら、いさっちゃん。おはよう」

「おはようございます」

 いさなに気づいた茉理と宗祇が顔を上げる。

「おはようございます」といさなは挨拶を返す。

「昨夜はよく眠れましたか?」

 宗祇に聞かれ、いさなは「ええ、ぐっすりでした」と微笑んだ。

「ホントに? 寝心地悪かったでしょ」と茉理が言う。

「あんまりよくはなかったけど、だいじょうぶ」

「こちらの空き部屋を使っていただいてもよかったんですよ。他の皆さんは寝袋とか持ち込んでましたね」

「寝ている姿をあまり人に見られたくないんです」

「寝相が悪いからな。いつもピラミッドの壁画みたいになってる」

 起きていたのか、影の中で凍月いてづきが言った。大きなお世話だ。

「今の声は?」

 にゅっと姿を現した凍月が、いさなの肩に跳び乗った。

「白々しい。おまえ、昨日もこいつの肩に乗ってた俺が見えてただろ」

「え?」

 全然気づかなかった。そんな素振りは一切見せていなかったのに。

「姿を隠していたみたいなので、一応。あなたが凍月ですね」

「俺の名前を知ってるのか」

「これでも特災課の端くれですから」

「あなたは、見える人なんですね」

 いさなが言うと、宗祇は苦笑した。

「以前はなんで俺ばっかり変なのが見えるんだって腐ってましたけどね。職場で活かすことができてよかったです」

 いさなの言葉に羨望を読み取ったのかもしれない。気を遣わせてしまったようだ。

「おい、俺も『変なの』か?」

 凍月が不服そうに言う。宗祇は慌てたように手を振った。

「いえ、大変愛らしい姿ですよ」

「ほう。なかなかいい度胸してんじゃねえか」

「凍月、絡まないの」

 背中を撫でてなだめる。

「お気に障ったのでしたら、謝ります」

「気にしないでください。凍月はいつもこんなんだから」

「こんなんってなんだよ」

「はいはい、そこまで」

 茉理が手を叩いて場を治める。

「とりあえず、朝ごはんにしましょうか。いさっちゃん、お腹減ってるでしょ」

「うん、ぺこぺこ」

「レーションをもらったの。避難してる人たちに配ったけど余ったんだって。ありがたくいただきましょ」

「レーションって、自衛隊の?」

 いわゆるミリメシというやつだろうか。

「ええ、伝手があるので」

「特災課の即応部隊には、自衛隊の特殊作戦群所属の隊員もいるって話だものね」

 茉理の言葉に、宗祇はただ困ったように笑うだけで何も言わなかった。


 暗緑色の缶詰を抱えてラウンジに行くと、すでに許可証持ちたちがテーブルについて食事をしていた。ほとんどが男性だが、女性も数人いる。

 いさなと茉理は空いているテーブルに腰を落ち着けた。一緒に渡された缶切りを使って、まずは側面に白米と書かれた缶を開封する。

「わ」と、感嘆の声が漏れた。

 白米がびっしり詰まっていた。

 他にはおかずとしてたくあんや野菜の煮物、ハンバーグの缶もある。湯煎が必要な物はすでに済ませてあるので、このまま食べられるとのことだ。

「これがいわゆる戦闘糧食Ⅰ型なのね。初めて見るわ」

「茉理さんも食べたことないんだ」

「一般には普通出回ってないからね。レトルトパウチのⅡ型もあるのよ。陸自ではⅠ型はすでに廃止されていて、Ⅱ型だけなんだって。これはどこから回ってきたのかしら」

「詳しいね」

真白ましろに聞かされたのよ。ゲームの影響なのか、あの子、そういうの好きだから」

 真白はゲーム好きだ。一緒に遊んだことはないが、花見川家には様々なゲーム機があった。

 あまり詳しくないいさなから見れば、どれが何のゲーム機なのかさっぱりだったが。

「そういえば、真白さんは銃が得意だよね」

 許可証持ちが使う武器は様々だ。いさなは主に刀を使うが、銃器はほとんど触ったことがない。飛び道具は必要に応じて苦無くないや手裏剣、鋲を使っている。

 一度試しに真白が愛用しているデザートイーグルという大きな自動拳銃を撃たせてもらったことがあるが、反動がすさまじく、まともに扱える気がしなかった。『力』を使っているのだろうが、小柄な真白があれを御しているのは驚きだ。

「そ、向いてたのよね。いいか悪いかは別にして」

「茉理さんは、真白さんが戦うのに反対なの?」

「今更私がどうこう言える問題じゃないわ。反対するのなら、そもそもあの子を引き取るべきじゃなかった」

 茉理は遠くを見るような目で言った。

 どういう経緯で茉理と真白が一緒に暮らすようになったのか、いさなは知らない。

 いさなの目には、ふたりは親子のようにも恋人のようにも映る。

 単純に仲がいいというだけではない、確かな繋がりがあるのだと思う。ふたりが人と、人以外だとしても。

「あ、ごめんね。変な話をしちゃって」

「いえ……」

 それから、いさなと茉理はしばし無言で缶の開封に没頭した。



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