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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第五章 玉虫色の死線
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蛇のお迎え

 指定の集合場所の最寄り駅で、いさなは電車を降りた。途端、蝉の声と熱気が身体にまとわりつく。

鳴城なるしろも真っ青のド田舎だな。何もねえぞ」

 影の中の凍月いてづきが身も蓋もないことを言った。

 降り立った駅は無人駅で、駅前には店も、自販機すらない。陽炎が揺らめく細い道路が伸びているだけだ。西日が眩しくて、いさなは目を細める。

 迎えが来る手はずになっているのだが、誰もいない。

 荷物を抱え、いさなはひとまずペンキのはがれかけたベンチに腰を下ろした。じきに夕方だが、一向に涼しくなる気配がない。電車の中でちびちび飲んでいたペットボトルのミネラルウォーターを飲み干す。

 ジーンズのポケットの携帯端末に手を伸ばしたところで、こちらに向かって走ってくる車が見えた。

 蛇を思わせる個性的なデザインの車には見覚えがある。オロチという名の車だ。ヘッドライトのカバーには、蛇の瞳孔のような意匠が施されている。

『「本能の誘惑、煩悩の悦楽」ってキャッチコピー、私にぴったりだと思わない?』と持ち主が嬉しそうに言っていたのが忘れられない。

 なんでも八岐大蛇やまたのおろちを意識して作られたスーパーカーらしいが、いさなには普通の車との違いがよくわからない。男の子が見たら喜ぶのだろうか。氷魚だったらどうだろう。

「迎えって、あいつかよ」と凍月が嫌そうにつぶやく。

 いさなの周りで、オロチに乗っている知り合いはひとりしかいない。

 はたして、駅舎近くに停車した銀色の車から降りてきたのは、花見川はなみがわ茉理まつりその人だった。

 道ですれ違えば100人中100人が振り向くこと間違いなしの絶世の美青年である。スタイルもよくて、役者やモデルだと言われてもまったく違和感がない。

 茉理は、惚れ惚れするような笑みを浮かべて言った。

「はぁい、いさっちゃん。久しぶりね。凍月ちゃんも元気してた?」

 顔と喋り方のギャップに、初めて会う人は大抵面食らう。いさなも初見はそうだった。

 顔は完全に男性だが、女性のようなメイクをしていて、オネエ言葉を話すのだ。しかも声がちょっと野太い。いい声ではあるのだが。

「お久しぶりです。茉理さん」

 いさなはベンチから立ち上がって挨拶する。

「前から言ってるだろ。俺をちゃん付けで呼ぶんじゃねえ」

 辺りに誰もいないことを確認し、姿を現した凍月がいさなの肩に乗って言った。

「いいじゃない。知らない仲じゃないんだし」

 茉理はひらひらと手を振る。完全に女性の仕草だ。

「だから嫌なんだよ。おまえの本来の姿を知ってる俺からしたら、気色悪くてかなわんぜ」 

「やだ。すっぴんのことは言わないでちょうだい」

「すっぴんって、おまえは男だろうが」

「心は乙女よ。この姿のときはね」

 言って茉理は胸に手を当てた。

「――前から気になってたんだが、なんで人間に化けるとそうなるんだ」

「あら凍月ちゃん、私に興味を持ってくれたの? 以前は一切興味ないって態度だったけど」

 確かにそうだ。

 凍月と茉理は旧知の仲らしいが、いさなが知る限り、凍月から茉理に話しかけることはほとんどなかった。

 どういう風の吹き回しだろう。

「そんなんじゃねえよ。――答えたくないなら、別に構わんぜ」

「そうねえ。答えたいのはやまやまなんだけど、どうしてこうなるか、実は私にもわからないの。不思議よね。身体は間違いなく男なのに、服は女性の物じゃないと違和感がある。任務の時は我慢するけど、スカートをはいてないと落ち着かないわ。化粧も好きだしね」

 今日は任務ということもあって、茉理は動きやすいパンツスタイルだ。

 オフの日の茉理はスカート姿で、どちらもよく似合っているといさなは思う。同居している真白と一緒に買い物に行ったりすると、注目の的らしい。芸能プロダクションからスカウトされたこともあるそうだ。

「よくわからんが、大変そうだな」

「ぜんぜん。私は生きたいように生きているだけよ」

「――そうか。そうだな」

 ふたりの会話の邪魔をするのは気が引けるが、そろそろ仕事の話をしなくてはいけない。

「――それで茉理さん、状況は?」といさなは口を挟んだ。

「おっと。そうね。道々説明するわ。乗って」

 茉理は颯爽と運転席に乗り込んだ。

 いさなは分厚いドアを開けて助手席に乗り込む。デザインが凝っている分、乗り込みにくい。オロチに乗るのは初めてではないが、毎回、なんとなく蛇に丸呑みされた気分になって落ち着かない。

「じゃあ、しゅっぱーつ」

 気楽な調子で言って、茉理は車を発進させた。



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