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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第四章 怪物は角度に潜む
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汝、角度を恐れよ④

 坂道を下りたところにバイクがとまっていた。色はシルバーメタリックで、レースで見るような格好いいやつだ。二輪といえば自転車かスクーターしか見かけない鳴城なるしろでは珍しい。

 ナンバープレートは泉間せんまナンバーだった。

 SUZUKIのロゴの他に、車体にはKATANAと書かれている。以前、屋名池やないけが読んでいたバイク雑誌で見たことがあった。

 屋名池は、バイトしてお金を貯めていつかこのバイクに乗りたいと言っていた。氷魚は価格に驚いた記憶がある。確か100万を越えていたはずだ。真白ましろは自分で買ったのだろうか。

 いさなと同種の仕事をしているのは間違いなさそうだが、そんなに儲かるものなのかと考えてしまうのは自分が庶民であるがゆえか。

 それにしても、自分はよくよく刀に縁があるらしい。

 真白は車体後部のヘルメットロックにかけてあったフルフェイスのヘルメットを取り外し、氷魚に放った。

「かぶってください」

 自身はハンドルに引っ掛けてあったヘルメットをかぶる。

 言われるままに、氷魚はヘルメットを装着した。銀行強盗みたいだ。少し息苦しい。

「乗って」

 バイクにまたがった真白は、座席の後部を指さす。

「え、でも、2人乗りとか大丈夫ですか」

 口にしてから、こんな緊急時に気にすることかと自分でも思った。真白は怒ることもなく、

「私は大型二輪免許を持っているから問題ありません」と答える。

 バイクの免許の違いなんて氷魚はよく知らなかったが、持ち主が大丈夫と言うのなら問題はないだろう。

 氷魚はこわごわバイクにまたがる。

「しっかり私の腰につかまっていてください。飛ばしますよ」

「え――?」

 いいんですかと訊く暇はなかった。エンジンをかけると、真白はバイクを急発進させた。

 のけぞりそうになり、振り落とされまいと氷魚は必死に真白の腰にしがみつく。驚くほど細い腰だった。

 城址じょうしの砂利道を、真白の駆る銀色のバイクが疾走する。

 通学途中の生徒たちが何事かと目を丸くする。

 顔見知りがいなければいいのだが。自分が制服姿なのも気にかかる。もっとも、ヘルメットでこちらの顔はわからないかもしれない。

 氷魚がそんなことを考えているうちに、バイクは大手門おおてもんから城址を抜けて道路に出た。

 バイクに乗るのは初めてだが、すさまじい速さに目が回りそうになる。

 疾走感より恐怖感が勝る。こんなにスピードが出る乗り物に生身で乗るなんて、バイク乗りは怖くないのか。

 いやらしい触り方にならないようになんて気を遣っている余裕はなかった。両手で抱きつくように真白の腰にしがみついてないと落っこちそうになる。鍛えているのか、腹筋が意外と固い。

 バックミラーをちらと確認した真白が舌打ちした。

 氷魚がまずい触り方をしたから、ではないだろう。たぶん。

 氷魚は後ろを振り返る。

 現実とすぐには認めたくない光景があった。

 近くの鋭角から出現したのか、不浄の獣が道路を走って追いかけてきていた。春夜しゅんやが切った舌は再生していないが、それ以外は元通りになっている。

 道路を高速で走るグロテスクな四足獣みたいな怪物――悪夢かと思う。それこそ何かの都市伝説みたいだ。

 ハンドルから右手を離した真白は懐を探り、自動拳銃を取り出した。前を見たまま、銃を握った右手を後ろに伸ばす。真白の意図を察した氷魚は、とっさに頭を左に傾けた。

 エンジン音に負けず劣らずの轟音、銃弾は狙いを逸れ、アスファルトをえぐった。

 田舎で、朝の交通量が少なくて本当によかったと思う。都会の交通量だったら大惨事だ。

 真白は続けざまに発砲するが、運転しながらではさすがに狙いをつけにくいようで、銃弾はいずれも獣には当たらなかった。

 これではらちが明かないと判断したのか、拳銃をしまった真白は膝でバイクの車体を蹴った。がこん、と音がして、車体のカバーの一部がスライドして開く。氷魚は何事かと確認する。

 目を疑った。

 ショットガンが収納されていた。

 それも狩猟用のものではない。特殊部隊が使うようなショットガンだ。映画で観たことがあるから間違いない。

 なんでバイクにショットガンが仕込んであるのか。スパイが使う車の親戚か何かと思う。

 カタナの中にショットガン、間違った日本観全開の悪い冗談みたいだ。

 真白が左手をかざすと、ふわりとショットガンが浮かび上がり、掌に吸いつくように収まった。

 驚きを通り越して変な笑いが出た。これも魔術の一種なのか。

 両足でがっちり車体を押さえ、一瞬両手を離した真白はショットガンのハンドグリップをスライドさせて初弾を装填する。

「嘘でしょ?」

 もちろん、嘘ではなかった。

 前を見たまま、右手一本で保持したショットガンの銃口を後ろに向け、真白は躊躇ちゅうちょなく発砲した。

 平和な朝の田舎道にそぐわない物騒な銃声が響き渡り、散弾が何発か獣の身体をかすめる。どういう現象か、ハンドグリップがひとりでにスライドして次弾を装填する。オートマチックとはまた違う。まるで見えざる手が操作しているようだ。

 獣はひるむことなく、更に速度を上げてバイクに追いすがった。一気に距離を詰め、跳びかかってくる。

 真白は絶妙なタイミングでバイクを左に振って突撃をかわした。

 そのまま速度を落とし、獣が横に並んだ瞬間、真白は両手でショットガンを構え、至近距離から獣の横っ腹目がけて発砲した。銃声がヘルメット越しに氷魚の鼓膜を震わせる。散弾をもろに至近距離で受け、腹に大きな穴を開けた獣はもんどりうって倒れた。そうしてアスファルトを転がっていく。

「いいんですか、これ、目撃者とか!」

 氷魚は叫ぶように言った。

 絶対に対向車や通行人に見られた。動画とか撮られていたらどうするのだろう。

「大丈夫です。誰も信じませんよ!」と真白が声を張り上げる。

 ほんとかよと思う。

 でも、そうかもしれないと即座に思い直す。自分が仮に今の光景をテレビやユーチューブで観ても、多分信じない。よくできた合成かCGだと思うだろう。みんな信じないはずだ。そうであってほしい。

 真白と自分が怪物に追いかけられる動画が拡散するなんて、想像すらしたくない。

 そこでふと、以前テレビで見た世界のびっくり映像を思い出す。

 幽霊や未確認生物が映り込んでいた映像がふんだんに使われていたが、どれも嘘っぽく、氷魚も姉も頭から信じてなかった。

 けど、あの中にもしも本物が混ざっていたとしたら?

 カメラに映っていたかろうじて人型だとわかる正体不明の何かが、汚れたものではない保証はあるのだろうか。

 怖くなった。

 自分が信じていた現実が、案外脆いものであったことは自覚している。しかし、それでもなお、自分が存在を想像すらできないような怪物が世界にはうじゃうじゃいるのではないか。

 鋭角から出てくる、不浄の獣のような――


 そんな氷魚の恐怖などお構いなしで、倒れた獣を尻目に銀のカタナは朝の鳴城を疾走するのだった。


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