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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第四章 怪物は角度に潜む
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汝、角度を恐れよ②

 机の上で震える携帯端末の振動で、氷魚ひおは目を覚ました。眠らないつもりが、いつの間にか舟をこいでいたらしい。窓の外は明るくなっていた。

 震える携帯端末に目を向ける。

 いさなからの着信だった。

 氷魚は携帯端末に飛びついた。

「――、も、もしもし、橘です」

『氷魚くん? こうして電話に出られたってことは、ひとまず無事って認識でいい?』

 いさなの声を聞けるのが、今はたまらなく嬉しい。しかし、声に明らかな疲労がにじんでいるのが気になった。

「はい。いさなさんのお守りが効いたみたいです。怪物は出てきませんでした。やっつけちゃったのかも」

『――だといいんだけどね。簡単な相手じゃないみたい。たぶん、一時的に退いただけだと思う』

「というと、正体がわかったんですか?」

『ええ。凍月いてづきが言うには、相手は時間の角に潜む汚れたものらしいわ』

「時間の角? 時計の長針と短針の間とか、そういう意味ですか」

『じゃなくて――ええと、なんて言ったらいいかな。ん? わかった。凍月が直接説明するって』

『よう小僧。どうやら一晩生き延びたみてえだな。相変わらず悪運が強えやつだぜ』

 と、凍月の声がする。

「いさなさんのお守りのおかげですよ。助かりました」

『そりゃよかった。いさなも飯代を削った甲斐があるってもんだ』

 後ろから『余計なことは言わなくていい!』といういさなの声が聞こえてくる。ひょっとして、食費を回してくれたのだろうか。だとしたら申し訳ない。

「そちらは大丈夫なんですか?」

『心配いらねえよ。おまえ、俺たちを大喰らいの女子高生と無害な小動物だとでも思ってんじゃねえだろうな』

「いえ、そんなことは」

『俺たちのことはいい。小僧は自分の心配をしろ。――で、だ。おまえが出くわしたのは、時間の角に潜み、一度嗅ぎつけた相手をしつこく追い掛け回すっていう厄介な性質を持った汚れたものだ。おまえがケータイに送ってきた情報を見る限り、間違いねえだろう』

「目をつけられるような覚えはないんですが。――って、もしかしてかんざしですか」

 時間というキーワードに関係しているのは、今のところそれしか思いつかない。

『そうだ。小僧にしては察しがいいな。おまえが過去を見たときだろう。時間の角から怪物もお前を見たんだ。それでマークされた。俺の見逃しだ。時間に関わった時点で、可能性に気づくべきだった』

 あの時胸が痛んだのはやはりそれかと思う。汚れたものに反応したのだ。視線も気のせいではなかった。

「対処方法は?」

『普通の武器は一切効かねえ。いさなの刀があれば話は早いんだが、ちっとこっちも立て込んでいてな。悪いが助けには行けそうもない』

「そうですか……」

『だから、ひとまず逃げろ。やつは120度以下の角度から出てくる』

「120度以下? ほとんどの部屋は90度くらいの角がありますよね。できるだけ物がない屋外に行くしかないってことですか」

 それか、バランスボールみたいな丸い物の中に隠れるかだ。リビングの端っこに姉が買ったバランスボールが打ち捨てられているが、まさかあの中に入るわけにもいかない。やはり、外しかないだろう。

『わかってるじゃねえか。ド田舎の鳴城なるしろならなんとかなるだろ』

 ぱっと思いついたのは鳴城城址のだだっ広いグラウンドだ。しかし――

 氷魚は壁時計に目を向ける。

 時刻は朝の7時少し前。今日は平日だ。もう少ししたら、鳴高なるこう生や鳴女なるじょ生が城址を通る時間帯だ。人がいるところに、さっきのグロテスクな怪物が出現したら大変なことになる。

 そこで思った。

「凍月さん、確認なんですが、おれに目をつけた怪物は、時間の角? に潜んでいて、過去を見た者を追いかける性質を持っているっていう認識で間違いないですか」

『ああ、間違いない。狩りの邪魔をするならその限りじゃねえだろうが』

 理不尽極まりないが、怪物なんてみんなそんなものかもしれない。

 ともかく、怪物が自分だけを狙うのならばある意味では楽だ。最悪、自分が逃げることだけに集中すればいい。

『氷魚くん。電話代わったわ』

 再びいさなの声がした。

『わたしたちは行けないけど、猿夢の調査の件で鳴城に知り合いが滞在してるの。救援を頼んだから、それまで持ちこたえて』

「おれはどこに行けばいいでしょうか。城址のグラウンドはまずいですよね。通学の時間ですし」

『城址の高台に行って。あそこなら広いし、見晴らしもいい。角度はあるけど、怪物が出てもすぐに気づける。知り合いにも場所を伝えたから』

「わかりました」

『ごめん、氷魚くん。わたしたちが行ければ一番いいんだけど』

 申し訳なさそうに、いさなは言った。

「大丈夫。なんとか切り抜けます。いさなさんたちもお気をつけて」

 なるべく明るく聞こえるように意識して、氷魚は言う。

『――うん、ありがとう。どうか無事で』

 通話を終えた氷魚は、すぐさま部屋着を脱ぎ捨てて制服に着替えた。もたもたしている暇はない。財布と携帯端末、自転車の鍵をポケットに突っ込み、通学に使っているリュックを背負う。

 階下に降り、キッチンで朝食の準備をしている母の背中に「ごめん、母さん。日直でやらなきゃいけないことがあるの忘れてた。もう学校に行くよ。朝ごはんいらないから」と言って、返事も待たずに氷魚は家を出る。

 自転車のロックを外すのももどかしい。何度かガチャガチャやってようやく外れた。自転車にまたがると、氷魚は猛烈な勢いでペダルを漕いで城址を目指す。

 城址の砂利道は、早くもちらほらと登校中の生徒たちがいた。

 高台に上る坂道の前に到着する。坂道は途中に階段があるので自転車では上れない。

 近くの茂みに自転車を置き、氷魚は早足で坂道を上る。夏の日差しに照らされながら朱塗りの橋を渡る。

 そうして、ようやく高台にたどり着いた氷魚は汗だくになっていた。手の甲で首の汗をぬぐう。膝に手をつき、乱れた呼吸を整える。寝不足の上、ここまでの強行軍が響いた。しかも暑い。気持ち悪くて吐きそうだ。

 広場には誰もいなかった。散歩する人もわざわざ上までは来ないし、朝から高台に上る物好きは少ないから大丈夫だとは思っていたが、助かった。

 氷魚は広場の端っこに置かれたベンチにふらふらと近寄り、腰を下ろした。日陰がありがたい。

 ふと、視線を感じた。

 見れば、広場中央の東屋あずまやに三毛猫がいる。いさなとアンジェリカで食事をしたときにこちらを見ていた三毛猫に似ている気もするが、区別はつかない。三毛猫は氷魚を一瞥すると、身を翻して広場から去っていった。

 いなくなってくれてよかった。怪物に狙われる可能性は低いとはいえ、ここは決して安全ではないのだ。

 高台は広々としているが、まったく角度がないわけではない。このベンチにしたって、地面と接している部分に角度がある。

 そう考えると、角度がない場所なんて、屋外でもほとんど存在しないのではないか。改めて、自分を狙っている怪物の恐ろしさを思い知る。


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