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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第四章 怪物は角度に潜む
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7月14日、氷魚

 7月14日のお昼休み、いつもの踊り場で、氷魚ひおはいさなと昼食を食べていた。


「ごちそうさまでした」

 氷魚は空っぽになった弁当箱の蓋を閉じた。いさなはとっくに食べ終えて水筒のお茶を飲んでいる。今日もいさなは寸分の隙も無い。長い黒髪はきっちりかされているし、制服はぴしりとしている。

 こうして一緒にいるのが信じられないなと改めて思う。普通であれば、氷魚といさなの人生は決して交わらなかっただろう。

 お昼だって、そうだ。

 いつの間にか、お昼はいさなと一緒に踊り場で食べるのが当たり前になっていた。氷魚が誘いに行ったり、いさなが誘いに来たり、半々だ。

 それで気づいたことがある。

 いさなのお弁当箱によく入っているのは冷凍食品の唐揚げで、週に3回は見かける。普段は水筒にお茶を入れて持ってきているが、たまに自販機でペットボトルのジュースを買ったりもする。購買のパンは滅多に買わない。本当はコロッケパンのような総菜パンが好みのようだが、節約しているようだ。

 食に関しては質よりも量、というのがいさなのスタンスらしい。もっとも、彼女の摂取量で質も重視したらエンゲル係数がすさまじいことになってしまうだろう。

「――そういえば、いさなさんはお昼に部長とご飯食べたりしないんですか?」

 ずっと気になっていたことを訊いてみる。気楽に話せる仲なら、昼食くらい一緒に食べるのではないか。

「どうして?」

「部室、空いてますよね。教室より居心地よくないですか」

「悪いよ」

「え?」

「星山くん、お昼は彼女と部室で食べるのよ。わたしがのこのこ顔を出せるわけがないでしょ。そんなことしたら、一気に険悪ムードよ。お邪魔虫にはなりたくないわ」

 お邪魔虫という表現は古いのではないか。それはともかく――

「部長、彼女いるんですね」

「いるよ。すごくかわいい子だよ」

 言われてみれば心当たりがあった。

 いさなが登校しているか確認に行った時だ。星山と話していた女子がいた。たぶん、あの女子が星山の彼女なのだろう。いさなの名を出した途端に不機嫌そうになったのも納得がいく。

「なるほど。そうだったんですね」

 なぜか知らないが、めちゃくちゃ安心した。そうか、星山は彼女がいるのか。

 だったら――

 だったら、なんだ。星山に彼女がいるのといさなの気持ちは関係ない。

 いさなの気持ち?

 この場合のいさなの気持ちって、なんだろう。

 どうして自分はいさなの気持ちが気になるのだろう。

「氷魚くん、どうしたの?」

 いさなが不思議そうに尋ねる。

「――あ、いえ、なんでもないです。そうだ、いさなさん、井戸の件なんですけど、供養は済んだんですか?」

 自分でも少し強引だとは思ったが、氷魚は話題を変えた。この前の鎧武者騒動の話だ。

 姫と鎧武者についてはひとまず解決したが、井戸の女性に関してはどうしたものかと気になっていた。いさなも気にしていたみたいで、お寺に供養を頼むと言っていたのだ。

「うん。この間、お坊さんにお経をあげてもらったよ。もっとも、あの井戸に女性の白骨死体とかはなかったけどね」

「城で使っていた井戸だからな。すぐに見つかって引き上げられたんだろうさ。あとよ、供養って言っても、ありゃ亡霊や怨霊の類じゃなかったぞ」

 と、いさなの影から声がする。凍月いてづきだ。影の頭の辺りに、顔だけが出現していた。見た目は完全に怪奇現象そのものだ。日中は大抵寝ているらしいが、最近はこうして会話に混ざってくることが多い。

「凍月さん、残留思念みたいなものだったと言ってましたよね」

「だな。害もなさそうだし、放っておいても問題なかったと思うがな」

「だとしても、供養すれば浮かばれるかもしれないじゃない」いさなが言った。

「まあな、それは否定しねえよ」

「――」

「なんだ小僧。何か言いたげだな」

「――凍月さんて、なんだかんだやさしいですよね」

「な……! こら小僧、言うに事欠いて、この俺がやさしいだと?」

 いさながぷっと吹き出す。

「いさな、てめえ何笑ってやがる」

「面白かったから、つい」

「俺は面白くねえよ!」

 凍月がふてくされたように言ったところで、いさなのポケットから音がした。

「――と、失礼」

 携帯端末の画面を確認したいさなの顔が一瞬で引き締まる。

「氷魚くん、ごめん。緊急の仕事が入ったから、今日は早退するね」

 慌ただしく後片付けをすませ、いさなは素早く立ち上がった。

「は、はい」

「もしかしたら、数日学校を休むかもしれない。何かあったら携帯に連絡して。いい、絶対だよ。すぐには応答できないかもしれないけど、遠慮は一切なしで」

 前科があるとはいえ、信用がないなと氷魚は苦笑した。

「わかりました。今度は遠慮しません」

「うん。じゃあね」

 いさなはトートバッグをつかみ、氷魚に背中を見せた。その後ろ姿に声をかける。

「いさなさん」

「ん?」

 足を止めたいさなは、首だけ振り向いた

「行ってらっしゃい。お気をつけて。無事に帰ってくるのを待ってます」

 虚を衝かれた顔になったいさなは、すぐさま前に向き直った。

「――ありがとう。行ってくる」

 早口に言って、いさなは足取りも軽く階段を下りていく。


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