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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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橋の上に立つ姫君⑱

 氷魚ひおは放心したように立ち尽くす鎧武者に近寄り、かんざしを差し出した。

 鎧武者が手を伸ばし、氷魚の手から簪を受け取る。

 すると、それまで真っ暗だった兜の中に顔が現れた。彫りの深い顔立ちの男性の顔だった。

 武者らしい厳めしさの中に、やさしさが見え隠れしている。

 鎧武者は、じっと簪を凝視している。それから、ふと何かに気づいたように公園の方に頭を向けた。

 視線の先を追う。

 公園に、姫が立っていた。

 ふたりはゆっくりと歩み寄り、静かに抱きしめ合う。

 やっとなんだな、と氷魚は思う。

 姫は、きっとずっと前から鎧武者のことを見守っていたのだろう。

 簪を手にした氷魚が見た過去の光景、最後の視点はきっと亡くなった姫のものだ。姫は、どんな思いで鎧武者の最期を見届けたのか。姫の気持ちを想像すると、胸が苦しくなる。

 橋から、そして公園から、姫は亡霊となった鎧武者を見ていたに違いない。

 しかし、鎧武者は気づけなかった。姫の死を受け入れられなかったからなのか、それとも他に理由があったのか、氷魚にはわからない。

 だけど今、鎧武者の目を曇らせていた覆いは取り払われ、ふたりは再び出会うことができた。

 怖い思いをたくさんしたけど、その甲斐はあったと思う。

 姫と鎧武者は氷魚たちの方に向き直り、揃って深々と頭を下げた。

 そうして、頭を上げたふたりは、柔らかく微笑んでいた。ふたりの身体が淡い光となって夜に溶けていく。

「――?」

 ふたりが立っていた場所に、なにか落ちている。

 近寄って確かめてみると、赤い傘だった。鎧武者と遭遇したときに陣屋じんやが落とした傘で間違いないだろう。どうやら、拾っておいたのを律儀に返してくれたらしい。

「――終わったね」

 傘を拾い上げて、いさなが呟いた。

「はい」と氷魚はうなずく。

「お腹減っちゃった。牛丼でも食べに行きたい」

「この時間にその格好でお店に入ったら、間違いなく通報されますよ」

 いさなも氷魚も鳴高のジャージ姿で、しかも汚れていた。深夜で出歩いている人は少ないとはいえ、人目につかないように帰らなくてはと思う。

「だよね。はぁ、買い置きのカップ麺でいいか」

「あ、そうだ。陣屋さんにはなんて報告しますか」

「氷魚くんのお姉さんに頂いたファイルを見せて、説明するわ。ありのままは話せないけど、真実は伝えたいから。この傘も返さないとね」

「そうですね。それがいいと思います」

「とにかく、今日は帰ろうか」

 いさなに促され歩き出したところで、

「――なあ」と凍月が口を開いた。

「一件落着ムードに水を差すようで悪いんだがよ、鎧野郎と姫さんの気配、まだ消えてないぜ」

 一拍置いて、いさなと氷魚は口を揃えてこう言った。

「――なんでっ!?」


「それでね――」

 放課後、屋上へと続く階段への踊り場で、いさなは陣屋に事の顛末を話して聞かせていた。

 鎧武者がさまよっていた理由、橋の上に立つ姫君との関連性、井戸の中の簪のこと、そして、亡霊となった後にふたりがようやく出会えたこと。

 水鳥から貰ったファイルを見せながら、いさなはそれらを陣屋に説明した。鎧武者との戦闘や、蛇のことは当然伏せていた。

「――というわけだったの」

「そうだったんですね」

 全てを聞き終えた陣屋は、ほぅと息を吐く。

「先輩はすごいですね。鳴城7不思議の謎の1つを解いちゃうなんて。橘くんも協力したんでしょ?」

「ほどほどにね」

 氷魚は曖昧に笑う。協力したといっても、自分はあくまで脇役だ。いさなと凍月がいなければ、どうにもならなかった。

「陣屋さんは、おれたちの話を信じてくれるの?」

 いくら鎧武者の亡霊を目撃してるとはいえ、すぐに信じるのは難しい話ではないかと思う。

「もちろん。傘も返してもらえたし。この傘、お気に入りだったからうれしいよ」

 陣屋は握りしめた傘を持ち上げる。さきほど返した赤い傘だ。

 意図したわけではなかったが、傘が証拠の代わりになったようだ。

「にしても、簪を見つけたり、鎧武者とお姫様の亡霊を出会わせるとか、どうやったんですか?」

 もっともな陣屋の疑問だった。

「企業秘密よ」

 いさなは意味ありげに笑う。こうしておけば、相手が勝手に解釈してくれるだろうという目論見らしい。

「もしかして、先輩は霊媒れいばいなんですか。霊と交信したとか」

 案の定、陣屋はそんなことを言い出した。

「霊媒なんて、よく知ってるね」

「気になって、色々調べたんですよ。オカルトや超能力って、面白いですね。で、どうなんですか。何か特別な力がなくちゃ、あんな具体的な話はできないですよね。ひょっとしてサイコメトリーの力もあったりします? 簪から記憶を読み取ったりとか?」

「ご想像にお任せするわ」

 無難なかわし方だと思う。いさなは霊媒ではないが、霊に教えてもらったというのは真実なので、だましているわけでもない。

「テレビに出られるんじゃないですか。時々特番でやってますよね。超能力者が昔の事件を解決する話」

「――陣屋さん。悪いんだけど、わたしの『力』のことは伏せておいてくれるかな。あまり大っぴらにしたくないの」

 いさなが重々しく言うと、それまではしゃいでいた陣屋は見る間にしおれた。

「あ……す、すみません。そうですよね。騒がれるのが嫌だっていう人も、いますものね。わかりました。誰にも言いません」

「そうしてくれると助かるわ。――ところで陣屋さん」

「はい?」

「この前、鎧武者に出会った夜だけど、なにか心配事を抱えていたりしなかった?」

 陣屋の顔が、不安そうに歪む。

「え……どうして? まさかそれも視えたんですか」

「視えたっていうか、感じたっていうか。漠然としていて、具体的にはわからないけどね」

「そんなこともわかっちゃうんですね……。本当にすごいです」

「もしよければ、話してくれないかな。力になれるかもしれないから」

「霊とか怪異とか、そういう話ではないんですが」

「だったら、先輩として相談に乗るっていうのはどう? 話すだけでも楽になるかもしれないよ」

「相談……。そうですね、聞いてくれますか。嫌じゃなければ、橘くんも」

「ええ」

「おれでよければ」

「わたしが通っている塾での話なんですが――」


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