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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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橋の上に立つ姫君⑮

「出てきませんね」

「気配はするんだがな」

 橋にやってきた氷魚ひおたちだったが、姫が出てくる様子はない。かんざしを持ってくれば反応があると思ったのだが、あてが外れたようだ。

「いさな、粉はもうないのか」と凍月が言う。

 言葉だけ聞くと、完全にいけないお薬をキメている人の催促だ。

「あるけど、なるべくなら節約したいっていうか……」

「ケチってんじゃねえよ。景気よくばらまけ」

「気楽に言ってくれるけど、食費を削る羽目になってもいいの?」

「結局、苦しむのはおまえだろ」

 しばしふたりはにらみ合っていたが、いさなが根負けしたようにため息をついた。

「……氷魚くん、持ってて」

 氷魚に簪を渡し、いかにも渋々といった感じでリュックを漁り始める。

 その時、今まで雲に隠れていた月が顔を出した。

「! いさなさん、簪が」

 氷魚の手の中にある簪が、月光を受けて淡く輝きだす。光は簪からあふれ出すように周囲に広がっていく。そして視界が真っ白になって、何も見えなくなった。


 目を開けたら、氷魚はひとり橋のたもとに立っていた。今まで肩に乗っていた凍月いてづきも、近くでリュックを探っていたいさなもいない。手の中の簪も消えていた。

 さきほどまでと同じ場所のはずなのに、何かが違う。周囲を見渡し、気づく。空に太陽がある。明るい。

 夜だったのに、昼間になっていた。

 そして――

 氷魚は思わず自分の目を疑う。

 城だ。

 立派なお城が遠くに見える。

 あの辺りは本丸跡だったはずだ。本丸は雷が落ちて全焼して、それきり再建はしなかったと聞いている。

 それが、どうして。

 橋に視線を転じて、氷魚はさらに混乱した。

 誰もいなかったはずの橋の中央に、誰かがいる。それも3人だ。

 1人は新緑色の着物を着た少女で、すぐに姫だとわかった。姫の側に控えているのは、先ほど井戸で出会った女性だ。明るい場所で見ると印象が違うが、見たばかりなのですぐわかった。姫の側仕えなのだろうか。

 そして、もう1人は着物姿の大柄な男性だ。腰に刀を差している。こちらに背中を向けているので、顔はわからない。

 男性は懐から何かを取り出し、姫に差し出した。

 姫は嬉しそうに、受け取った物を天にかざす。

 太陽の光を受けて煌めくそれは、簪だった。九曜くようの飾り――氷魚の手の中にあったはずの簪だ。

 姫はあどけない少女のように喜んでいる、一方、井戸で見た女性は、なぜか複雑な顔をしていた。幸せそうに話すふたりは気づいていないが、男性に向かって、女性は射るような視線を向けている。目にくらい炎が見えた気がした。

 ふと思い出したように、姫は簪を女性に見せようとする。その時にはすでに女性は笑顔だった。

 簪に光が反射して、氷魚は眩しさに目をつぶる。


 次に氷魚が目を開けると、再び夜になっていた。空に月が冴え冴えと輝いている。

 橋の中央に姫が立っており、月を見上げていた。井戸で見た女性が後ろに控えている。大柄な男性はいない。

 姫は髪から簪を外すと、月に掲げてうっとりと眺める。見ているこちらも幸せになるような、満ち足りた笑顔だった。

 振り返り、姫は女性に何か話しかけようとする。

 その時だった。

 女性がいきなり立ち上がり、姫につかみかかった。

 2人はもみ合いになり、女性が姫の手から簪をもぎ取った。体勢を崩した姫が欄干にもたれかかる。

「危ない!」

 氷魚は、とっさに叫んでいた。しかし、氷魚の声が2人に届くことはなかった。女性が何か叫びながら、体当たりするように姫にぶつかった。

 驚愕の表情を残し、姫が橋から落ちていく。後には肩で荒い息をする女性のみが立ち尽くしている。

 しばし呆然としていた女性だったが、手の中の簪を見て、泣きそうな顔になった。

 ふと、女性は氷魚の後方に視線を向ける。見えていないのか、氷魚には気づいていないようだ。

 女性の視線を追って、氷魚は振り向く。

 井戸があった。井桁いげた釣瓶つるべが備え付けられてはいるが、ついさっき氷魚と凍月が入った井戸で間違いない。

 ふらふらと、女性は井戸に向かっておぼつかない足取りで歩き出す。

 そうして井戸の近くに来た女性は、近くに落ちている石を着物のたもとに詰めていく。

 女性の意図に気づいた氷魚は、腕をつかんで止めようとした。しかし、何度やっても素通りしてどうしてもつかめない。

 やがて、石を詰め終わった女性は井戸の淵に手をかけた。

「待ってください!」

 振り絞るような氷魚の叫びが届いたのか、女性は最後に悲しそうな顔を氷魚に向けてこう言った。

「好きだったの」

「――え?」

 簪を握りしめ、女性は井戸に身を投げた。思ったよりも静かな水音がした。

 ――なんで、こうなるんだ……。

 立ちくらみがして、氷魚は目を閉じる。


 不意に、胸がかすかにうずいた。何者かの視線を感じる。一瞬、名状しがたい刺激臭を嗅いだ気がする。


 次に目を開けると、氷魚は橋の中央に立っていた。夕方で、眼下には馬に乗った戦装束の武者や、長槍を持った足軽らしき兵たちが見える。凱旋がいせんだろうか、汚れてはいるが、皆誇らしげだった。

 先頭を行くのはがっしりした体躯たいくの武者だ。

 あの体格には見覚えがある。姫と一緒にいた男性ではないだろうか。それに、あの鎧――

 と、その武者に小姓らしき少年が駆け寄る。少年は膝を着いて、何か武者に言上する。武者は馬を下りると、少年に近寄りその肩をつかんでゆする。少年はかぶりを振る。

 武者はよろめいて後ずさると、おもむろに腰から刀を抜いた。周りが浮足立つ。

 天を仰いだ武者は、刀を自分の首に当てて――


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