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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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橋の上に立つ姫君➆

 コピー用紙をペラペラめくり、とある箇所で水鳥みどりは指を止めた。

「鎧武者の亡霊と橋の上に立つ姫君の関係性……?」と氷魚ひおつぶやく。

「著者の考察ね。ふたりは、『橋の上に立つ姫君』の話は知ってる?」

 氷魚はかぶりを振る。昔どこかで聞いた気もするが、詳細は覚えていなかった。

城址じょうしの高台へと続く朱塗しゅぬりの橋から、鳴城なるしろの姫君が身投げしたっていう話ですよね。以来、橋の上に悲しそうに立っている姫の姿が目撃されるようになった、とか」

 いさなはすらすらと答えた。さすがだ。

「そうそう。心臓破りの坂の途中にある橋ね」

「心臓破り?」

「そっか。氷魚はまだマラソン大会を経験してないから知らないか。いさなちゃんが今言った、高台に通じる坂は知ってるでしょ。橋のある」

 姉もちゃん付けだったが、氷魚はひとまずスルーした。

「うん、知ってる」

 城址の高台には、鳴城を一望できる展望台や広場がある。そこに通じる坂に朱塗りの立派な橋が架かっているのだ。

「マラソン大会の最後の方に通るのよ。えぐいわよ。ぐるっと10キロのコースを回ってきて、右の裏門に入ればゴールの学校なのに、左に折れて城址に入るの。でもって、心も身体も疲弊ひへいしきった状態で、あんな坂を走ったらどうなるか」

「……なるほど。10月が楽しみだね」

 ものすごい急勾配きゅうこうばいというわけではないが、あの坂はかなりの角度がある。心臓破りも納得だ。震えがくる。

「走り込みしといた方がいいよ。ホントに」

「で、そこの橋に姫の幽霊が出るの?」

「って言われてるわね」

 ふと、氷魚はこの前の晩に目撃した、公園にたたずむ新緑色の着物を着た女性を思い出す。公園はちょうど橋の真下だ。もしかしてと思う。

「その姫ってさ、公園で目撃されたりはしてないのかな」

「あるわね。ブランコをいでたりするらしいわよ」

「やけに具体的だね」

鳴城探訪なるしろたんぼうに載ってるからね。地元住民からの聞き取りで、そういう話があったみたい。って氷魚、あんたもしかして見たの?」

 いさなと水鳥は揃って氷魚に目を向ける。確認のためとはいえ、口が滑った。

「いや、ちょっと気になっただけ。それより、鎧武者との関連性って?」

 水鳥は疑うような目をしていたが、

「――まあ、いいけど。姫の身投げだけど、理由にはいくつか説があって、一番有名なのが悲恋なのよ」と、ひとまず追及は後回しにして説明をしてくれた。あとでうまいかわし方を考えておこうと思う。

「悲恋?」

「大名の息女が自分の意志で結婚相手を選ぶなんてまず無理。時代劇でよく見るように、政略結婚が当たり前よ。好きな人と結ばれないのならいっそ、っていうことじゃない?」

「姫の恋の相手が鎧武者だった、というんですか?」

 それまで黙って氷魚と水鳥の会話を聞いていたいさなが尋ねた。

「そうじゃないかって、鳴城探訪の著者、民俗学者の山峰倖造やまみねこうぞうさんは書いてるわね。『戦で討ち死にしたとは考えにくい鎧武者の亡霊が、未だに城址をさまよっている理由にもなるのではないか。彼は愛した姫を今も探し求めているのかもしれない』ってさ。あたしとしては、ちょっとロマンチストすぎる気もするけど、学者ってそういう部分があるのかもね」

「鳴城近隣では戦がなかったって部長が言ってたのと繋がりますね」

 氷魚が言うと、いさなはうなずいた。

「可能性として考えてもいいかも」

「確たる史料はないけど、論文を書くわけじゃない。学校新聞に使う分にはいいんじゃない?」

「そうですね。助かりました。水鳥さん、ありがとうございます」

 いさなは丁寧にお辞儀をする。そんないさなを見て、水鳥はしみじみと呟いた。

「――あたし、弟より妹が欲しかったかも」

「えぇ……」

「冗談よ。半分くらいはね」

 水鳥は笑ってファイルを氷魚に差し出した。

「これあげる。がんばりなさいよ、若人たち」

「自分だってまだ20だろ」

 ファイルを受け取って、氷魚は苦笑した。

「高校生の輝きには負けるわ。――さて」

 水鳥は、ここからが本番とばかりに居住まいを正した。まだ何かとっておきの話があるのだろうか。氷魚といさなは揃って背筋を伸ばす。

「まずは、2人の出会いから聞かせてもらえる?」


 ――ああ、わかっていた。これが姉という生き物なのだ。



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