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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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橋の上に立つ姫君⑥

 日曜日は、あっという間にやってきた。梅雨の晴れ間で、久しぶりの晴天だ。

 氷魚ひおが家の前で所在無しょざいなげにたたずんでいると、自転車に乗ったいさなが見えた。今日はちょっとよそ行きチックな服装をしている。いさなは何を着ても似合うと思う。

「あれ、氷魚くん。家の前で待っててくれたの?」

 自転車を止めて、いさなは氷魚に笑いかけた。

「たまたまです。郵便物が来たのかなって思って」

 もちろん嘘だった。

 自室では落ち着かず、かといってリビングだと姉と母のにやにや笑いが目に入る。身の置き所がなく、30分前から外にいたのだ。

「そう? あ、これ、よかったらご家族みんなで食べて」

 いさなが紙袋を差し出す。『花楓屋かえでや』の菓子折りだった。花楓屋は東北でも有名な老舗の菓子店で、特に饅頭まんじゅうが絶品だ。

「ありがとうございます。ここのお菓子、みんな好きなんですよ。――と、自転車はそこに止めて大丈夫です」

 自転車置き場に自転車を置いたいさなを伴い、氷魚は玄関のドアを開けた。

「うわっ」と氷魚はのけぞる。

 満面の笑みを浮かべた姉と母が待ち構えていた。

 いさなを見て、「あらあらまあまあ」と母は片手を頬に当てた。『息子が家に女の子を連れてきたときの母親の模範的な反応』そのもので、教科書に載せてもいいくらいだった。一方姉は目を丸くした。

 それから母と姉は親子ならではのタイミングで顔を見合わせ、にこりと笑った。目がらんらんと輝いている。ごちそうを前にした腹ペコの猛獣みたいだった。

「はじめまして。郷土部きょうどぶ――の遠見塚いさなです。氷魚くんにはお世話になっています」

 好奇心がむき出し過ぎて、威圧感すらにじませる姉と母にも一切ひるまず、いさなは微笑んで挨拶する。部活名は事前に打ち合わせ済みだ。

「氷魚の姉の水鳥みどりです」

「母です」

 コントを始める前の芸人の自己紹介かよと思う。

「さ、どうぞ。上がって」

「お邪魔します」

 水鳥に促され、いさなはたちばな家の敷居をまたいだ。

 水鳥と母が揃って氷魚にだけ見えるように親指を立てる。何のつもりか知らないが、恥ずかしいのでやめてほしいと思う。


「よかったら、どうぞ」

 いさながリビングのソファに腰かけたのを見計らって、母がクッキーと紅茶をテーブルに置いた。氷魚はいさなの向かいに座る。

「おいしそうですね。手作りですか?」

「お父さんのね」

 いさなの問いに、母が嬉しそうに答えた。

 お菓子作りが趣味の父は、いさなが来ることを知って朝一番でクッキーを焼き上げたのだ。そんな父はいさなの顔を一目だけ見て、自室に引っ込んでしまった。去り際、やはり父は親指を立てていった。似た者家族だ。

「お父さんが? すごいですね」

「お店のものにはかなわないけど、味は悪くないと思うわ」

「じゃあ、さっそくいただきます。――ん、おいしい」

「よかった。たくさん食べてね」

 いさなは一口かじったクッキーをしげしげと眺めてつぶやく。

「はじめて食べました」

 もちろん、クッキーそのものを、ではあるまい。いさなは続けて言う。

「お店のじゃない、手作りクッキー」

 思わず言葉が零れた、といった感じだった。

 よその家のことをたくさん知っているわけではないが、お菓子を手作りしない家はそんなに珍しくないと思う。買って済ませる家が多いのではないか。屋名池も橘家のクッキーを食べた時、いさなと同じようなことを言っていた。

 しかし、いさなの言葉は、淡々としてはいたが、何かしら切実な響きを伴っていた。

 それまでにこにこと笑っていた母が真顔になり、

「いさなちゃん」と声をかけた。いきなり名前呼びでしかもちゃん付けかよと氷魚はおののいた。距離の詰め方が極端だ。

「はい」

 しかしいさなは気を悪くした様子はない。

「なにか嫌いな食べ物はある?」

「ありません。なんでも食べます」

 母は再び笑顔になる。

「よかった。だったら、お昼も食べていって」

「え……でも、ご迷惑なのでは」

「ぜんぜん。賑やかな方がいいもの。待ってて。今から買い物に行ってくるから」

 言うなり、母は部屋を出て行った。いさなの言葉が母の何かに触れたのかもしれない。

「氷魚くんのお母さん、急にどうしたのかな」

「母は、お客さんに料理を振る舞うのが好きなんですよ」

 それは理由のすべてではないだろうが、事実ではある。父や姉の友人が来たときなど、母はテーブルいっぱいの料理でもてなすのだ。

「そうなんだ。いいお母さんだね」

「お待たせ。準備できたよ」と、水鳥がファイルを持ってリビングにやって来た。

「あれ? 母さんは?」

「買い物に行った。先輩にお昼ご飯をごちそうするってさ」

「ああ、了解。じゃあ、それまでに済ませちゃおうか」

 詳細は聞かず、水鳥はテーブルにファイルを置いた。

「よろしくお願いします」

 いさなが頭を下げ、氷魚もなんとなくそれにならう。

「こちらこそ、よろしく。で、最初に結論から言っちゃうと、残念ながら城址じょうしに出る鎧武者が何者なのか、文献からはわからなかったわ。けど」

 水鳥がファイルを開く。氷魚といさなは左右から覗き込んだ。ファイルには何枚かコピー用紙がじられている。

「『鳴城探訪なるしろたんぼう』っていう鳴城の昔話や怪談、伝承を集めた古い本に、こんなことが書いてあったの」


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