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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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橋の上に立つ姫君⑤

 電話で話すべきか、直接話すべきか、それが問題だ。

 ラインはよくない。既読スルーされたら今夜はきっと眠れなくなる。

 氷魚ひおはベッドの上にあぐらをかき、目の前の携帯端末を親のかたきとばかりににらみつける。悩み始めてから、かれこれ10分以上が経過していた。

 電話か、直接話すか。

 同じ討ち死にでも、まだマシなのはどちらか。

 ――電話だ。

 顔が見えない分誘いやすいし、だめだったとしても傷は浅くて済む。

 だから、電話だ。

 そんな後ろ向きな理由で選んだ携帯端末を取り上げ、氷魚はいさなに電話をかけた。

 永遠に続くのではないかというコール音――

『はい、もしもし』

 しかしもちろんそんなことはなく、5コール目くらいでいさなが電話に出た。

「こんばんは、いさなさん。今、話してもいいですか?」

『こんばんは。いいよ。どうしたの?』

 そっと息を吸い、吐く。手汗で端末が滑りそうだ。

「実はですね。ぼくの姉が話を一緒に聞きたいのならいさなさんを家に呼べと無茶ぶりをしまして。そうじゃないと話をしないと言いやがったんです」

 ここまで一息に話して、息継ぎをする。いさなの言葉を待たず、氷魚は、

「あの、そういうわけでいさなさん、今度の日曜日の午前中に橘家に来ることって可能でしょうか。もちろん、無茶を言っているのは承知の上なので無理にとは言いませんが」と言い切った。これに対するいさなの返答は早かった。

『なるほど。だったら、お邪魔してもいい?』

「ですよね。姉には断られたって言っておきます」

 氷魚は事前のシミュレート通り、何回も頭の中で練習しておいたセリフを口にする。

 これでいい。ほら見たことかと指をされて笑われても悔いはない。自分は死力を尽くしたのだから。親指を立てて溶鉱炉に沈んでいこう。誇りと共に。

『氷魚くん? わたし、断ってないよ』

「え……?」

『もう1回言うね。迷惑じゃなければ、お邪魔してもいい?』

 ようやく、頭にいさなの言葉が染み込んでくる。

「そんな、迷惑だなんて。いさなさんこそ、迷惑じゃないですか?」

『ぜんぜん。むしろ楽しみ。氷魚くんのご家族に会ってみたかったの』

「――」

 氷魚はフリーズした。自分が女の子からそんな言葉を聞くとは、思いもしなかった。姉の話を聞くことが1番の目的で、他意はないのだろうが、単純にいさなの言葉には破壊力がありすぎた。

『氷魚くん?』

「あ、はい」

『日曜の午前中なら、10時くらいにお伺いすればいいかな』

「そうですね。10時ならちょうどいいと思います」

 頭がまともに思考していない。ほとんど脊髄反射で答えていた。

『じゃあ、そういうことで。おやすみ』

「おやすみなさい」

 通話が終わったその瞬間だった。

「やったじゃん!」

 部屋のドアがぶち破られるような勢いで開いた。水鳥だった。

 サバンナのバッファローのように突入してきた姉によって、氷魚は一気に現実に引き戻された。

「――ちょ、姉さん! 盗み聞きしてたのかよ! っていうか映画はどうしたのさ」

「あんたの声がでかいのよ。あたしの部屋まで丸聞こえだったわよ。あと映画はカニのCGがチープだったから見限った。母さんはまだ見てるけどね」

「……そ、そう」

 声の大きさは意識してなかったが、舞い上がっていたのかもしれない。それとやはり映画は観なくて正解だった。母のすごいところは、どんなにつまらない映画でも必ず最後まで見届けるところだ。

「いやぁ、よかったね氷魚。これで姉さん安心だよ。日曜日が楽しみだ」

 もっとからかわれるかと思ったが、姉はあっさり部屋を出て行った。お楽しみは日曜まで取っておく腹積はらづもりなのだろうか。

 嘆息たんそくして、氷魚は自分がまだ携帯端末を握りしめていることに気づく。

 いさなが家に来る。

「マジか」

 通話記録を確認する。間違いなくいさなと話していた。

 会話内容を反芻はんすうする。

 自分が記憶を捏造ねつぞうしていなければ、いさなが家に来るのはマジなのだった。


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