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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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橋の上に立つ姫君④

 夕食後、片付け当番だった氷魚ひおが洗い物を済ませてリビングに行くと、母と姉がDVDを観ていた。巨大化したカニが人を襲う映画だ。

 氷魚も一緒に観ないかと誘われていたが、地雷臭がしたので事前に断っていた。父の姿はない。父はB級映画が苦手なので、早々に自室に引っ込んだのだろう。

 テレビの画面の中では、なにかの足跡を前にした男女が言い争いをしている。

 これはカニの足跡よ、あたし実物を見たんだから。まさか、こんなに大きなカニがいるはずはないよ。どうして信じてくれないの。モンゴリアンデスワームが実在してるって方がまだ信じられるぜ。茶化さないで! 云々(うんぬん)


 心底どうでもよかった。夜中の通販番組の方がまだ気の利いた会話をしていると思う。

 誰だってそうだろうが、姉と母は映画鑑賞を邪魔されると怒る。もっとも、つまらない映画ならその限りではない。いま現在彼女たちが観ている映画は、どちらかと言えばつまらない方だと氷魚は判断した。

「姉さん、今朝の話なんだけど」

 タイミングを見計らって、氷魚はソファに寝転んでいる水鳥みどりに話しかけた。

「ああ、調べておいたわよ。必要だと思われる部分はコピー取ってきたから」

 退屈そうに画面を眺めていた水鳥は、案の定怒らなかった。

「さすが、仕事が早い」

「もっと褒めてくれてもいいのよ」

 寝転がったまま、水鳥は腰に手を当ててふんぞり返る。

「美人、才女さいじょ、将来のベストスズキスト間違いなし」

「……最後のは微妙ね」

「で、姉さん。今度の日曜って、暇?」

「午前中は空いてる」

 即座に答えるあたり、スケジュールの把握がしっかりしてるなと思う。

「部活の先輩が、おれと一緒に姉さんの話を聞きたいって言ってるんだけど、いいかな」

郷土きょうど部の先輩ね。もちろん、いいわよ」

 ひとまずは第一関門突破だ。

「ところで――」

 水鳥はうつぶせになり、探るように氷魚の顔を下から見つめる。

「先輩って、男の子? それとも女の子?」

 昼間感じた嫌な予感が、再び鎌首をもたげた気がした。

「……女の子」

 ごまかしは無意味だ。正直に答えるしか術はなかった。

 水鳥はにたりと、悪代官みたいな笑みを浮かべる。

「だったら、話をするのに条件があるわ」

「なに?」

 嫌な予感は今やピークに達した。

「その子を家に呼びなさい」

 予感は的中した。えげつない条件だった。

「なんでだよ。外でいいじゃん。アンジェリカとかさ」

 姉は決して妥協しない。わかってはいるが、氷魚は精一杯の抵抗を試みた。

 下心なんて微塵みじんもないが、女の子を家に呼ぶなどハードルが高すぎる。今まで氷魚が家に呼んだことがあるのは屋名池やないけだけだ。

「それじゃつまんないでしょ。ねえ母さん。母さんも氷魚の先輩に挨拶したいよね」

 姉は、あろうことか母に援護射撃を求めた。氷魚は心の中で悲鳴を上げる。

 待て、それは条約違反だ姉さん。

 やはり退屈そうに画面を見ていた母は、

「そうね、氷魚がお世話になっているでしょうし、家に来てもらったら?」と大勢たいせいを決する一言を言い放った。

「ほら。母さんもこう言ってるし」

 水鳥が勝者の余裕をにじませて言う。

 姉と母が連合を組んだら、氷魚がどう頑張っても勝ち目はない。

「ずるいぞ。反則だ」

 敗者の、せめてもの負け惜しみだった。

「ずるくなんてないでーす。まあ無理に呼ばなくてもいいけど、そしたら先輩は話を聞けないね。悲しむんじゃないかな。氷魚がヘタレなせいで」

 大人げないが、これが姉という生き物なのだ。弟は逆らえない。

「――わかった。誘ってみる。でも、断られたら、せめておれには話してよ」

「いいわよ。その時は、かわいそうな弟ねと慰めてあげるから」

「それはいらない!」

 圧倒的な敗北感を胸に抱えて、氷魚は自室に逃げ込むしかなかった。


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