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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第三章 さまよえる鎧武者
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橋の上に立つ姫君②

 登校して自分の教室にリュックを置いた氷魚ひおは、すぐさま2-5に向かった。

 時刻は8時15分、ドアの窓から覗き込んだ2-5の教室内は半分ほどの机が埋まっている。ざっと見た限り、いさなの姿は見当たらなかった。

 よその、しかも上級生の教室なんてアウェー以外の何物でもなく、覗き込むだけでも勇気が必要で、中に入っていくなんて戦場を丸腰で進むようなものだ。援軍は望めず、さりとて中に誰か声をかけられるような友軍は――

 いた。

 天の助けか、ドアの近くの席に星山ほしやまが座っていた。かわいらしい女生徒と話している。

「部長」

 ぎりぎりつま先が通るくらいの広さに開けたドアの隙間から氷魚が声をかけると、星山はすぐに気づいてくれた。振り向いてさわやかな笑みを浮かべる。

「やあ、橘くん。おはよう」

「おはようございます、部長。お話し中すみません。いさなさんって、まだ来てませんか」

遠見塚とおみづか?」

 星山は窓際後方の、誰も座っていない席に目を向ける。途端とたん、星山と話していた女生徒の顔が、あからさまに不機嫌そうになった。話の邪魔をされて怒ったのかもしれない。申し訳なく思う。

「いつもは来てる時間なんだけど、今日はまだ来てないみたいだね」

 胸の奥がざわめく。猿夢の時に感じた不安によく似ていた。いつもは来ている時間に、来ていない。

 もしかしたら怪我が悪化して――いや、考えすぎだ。

「遠見塚がどうかしたのかい」

「ちょっと訊きたいことがあって」

「携帯は?」

 メッセージを送ることはもちろん考えた。だけど、『怪我の具合はどうですか』の一文を送ることが、氷魚にはどうしてもできなかった。

 いさなは『だいじょうぶ』と返してくれるに決まっているが、本当に大丈夫なのかこの目で見るまで安心できない。

「直接話したいので、お昼にでもまた顔を出してみます」

「ああ、わかった。遠見塚が来たら伝えておくよ」

「お願いします。お邪魔してすみませんでした」

 星山と女生徒に一礼し、氷魚は2-5を後にする。


たちばなくん、もう城址じょうしは調べた?」

 氷魚が1-5に戻り自分の席に座るなり、陣屋じんやが話しかけてきた。

「調べたよ。昨日の夜、おれたちも鎧武者に出会った」

 意識して、自然に振る舞うように心がける。

 陣屋は限りなく白に近いと思うが、それでもまだ少しだけ疑う気持ちが残っていた。

 陣屋は身を乗り出し、

「ホント? わたしだけじゃなかったんだ。どんな感じだった?」と迫ってきた。

 純粋に、自分の話が真実だと証明できて喜んでいるようだ。裏がありそうには見えない。

「あー……まあ、色々事情がありそうだった」

「事情?」

「まだ調査中だから、はっきりしたことはなんとも」

 鎧武者が襲いかかってきて、斬り合いの末にいさなが怪我をしたとは言えない。

「そう……。ところで、鎧武者は赤い傘を持ってたりしなかった?」

 一昨日の夜に、陣屋が城址に置いてきてしまった傘のことだとすぐに察しがついた。

「持ってなかったよ。トトロみたいにさしてたら面白かったのにね」

 怖さがだいぶ緩和され――いや、かえって怖いかもしれない。夜のバス停で隣にあんなのが立っていたら悲鳴を上げる自信がある。サツキとメイだって逃げ出すに違いない。

「だったら、返してもらうように頼みに行くかも。あれ、お気に入りだったんだ」

豪胆ごうたんすぎるでしょ」

 襲われなかったにしても、夜の城址にまた行こうと思えるとは肝が据わっている。

「もちろん1人じゃ怖いから、先輩と橘くんについてきてもらう。その時はよろしくね」

 さすがと言うべきか、しっかりしている。

「いさなさん次第だね」

「え、名前呼び?」

 完全に油断していた。しまったと思ってももう遅い。自分の口から出た言葉は引っ込められない。

「……遠見塚先輩の間違い」

 せめてものリカバリーを試みるが、効果のほどは怪しかった。

「へぇ、ほぉ、ふぅん」

 にんまりと、陣屋は獲物を見つけた狩人みたいな笑みを浮かべる。舌なめずりすらしそうだ。

 陣屋は表紙に現代国語と書かれたノートをくるくると丸めて氷魚に向けた。

「おふたりはどのような関係なんですか?」

 女子アナウンサーみたいな声色こわいろだ。そういえば、陣屋は放送局に所属しているのだった。

「先輩と後輩です」

 事実である。今のところ、それ以上でもそれ以下でもない。

「つまんない。もっとエキサイティングな回答をお願い。視聴者のニーズに寄り添うサービス精神は大事よ」

「この場合の視聴者って誰さ? あとおれがサービスする義理はないよね?」

「いいから。探偵と助手の方がまだ面白かったよ」

「先輩のあれはウケ狙いじゃないと思うけど……」

 いさなはいたって真面目だったはずだ。

「橘くんが教えてくれないなら、遠見塚先輩に聞いちゃおうかなぁ」

「それはやめて」

 いさながなんて答えるか、見当もつかない。普通に先輩と後輩と答える気もするが。

 そこでチャイムが鳴り、氷魚は助かったと思う。

「へっ、ゴングに救われたな」と陣屋はニヒルに笑う。

「何キャラだよ」

 まだ朝なのに、どっと疲れた。1ラウンド目に滅多打ちにされたボクサーの気分だ。



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