素晴らしきかな、文化祭㉝
「道隆さん!」
階段を下りたところで道隆に追いついた。
氷魚の呼びかけで、道隆はゆっくりと振り向く。
道隆は氷魚の腕の中のミオに目を向けると、申し訳なさそうに頭をかいた。
「すまない。きみたちには事前に相談もせずに迷惑をかけてしまった」
そう言って、頭を下げる。道隆のその言葉で確信が持てた。
「やっぱり、いさなさんのためだったんですね」
「――やっぱり、とは?」
頭を上げた道隆が目を細めた。心なしか面白がっているように見える。
「今回の異界学校を造った目的です。槐さんはいさなさん、おれとミオを試すのが目的だったのかもしれませんが、道隆さんは違う」
氷魚がじっと見つめると、道隆は視線を逸らした。それから、休憩室になっている教室を指さす。
「ちょっとそこの教室で話そうか」
もうじき文化祭も終わりだからか、教室に中で休んでいる生徒や来場者はいなかった。
道隆は懐かしそうに椅子を一撫でし、腰かける。道隆も、鳴高の卒業生なのかも知れないと思う。かつての道隆もまた、文化祭を楽しんだのだろうか。
スピーカーから、あと1時間で文化祭は終了するというアナウンスが流れる。準備からここまで長かった気もするが、ものすごく短く感じる気もする。
いずれにせよ、お祭りはもうじき終わる。
スピーカーの見つめていた道隆は、氷魚に視線を向けた。
「氷魚くんは、どうしていさなのためだと思ったのかな」
「異界学校で桜馬さんが出てきたからです。いさなさんは、おじいさんと会えてとても嬉しそうでした」
家族の中でいさなが両親に向ける感情はよくわからないが、兄と祖父は信頼していることだけはわかる。
氷魚の言葉を聞いた道隆は、少し考え込んでから口を開いた。
「いさなから、どこまで聞いている?」
「――いさなさんが影無になるまでを。彰也さんや春夜さんのことも」
「そうか。いさなは、ずいぶん氷魚くんに心を開いているんだね。……氷魚くんがいてくれて、よかったよ」
「おれも、いさなさんがいてくれてよかったと思ってます」
「それはどういう意味で?」
「どうって……。猿夢で助けてもらって、とか」
「それだけ?」
もちろん、それだけではなかった。しかし、いなさの実の兄に本心なんて言えるわけがない。
道隆だけじゃない。数少ない友人の屋名池にだって言えやしないのだ。
言葉に詰まった氷魚を見て、道隆は柔らかく笑った。いさなに似た笑い方だった。
「ごめん、話が逸れたね。――氷魚くんの推察通り、僕が槐さんの『試練』に協力したのはいさなのためだよ」
「――やっぱり」
「あの子は不意打ちみたいな形で影無になったからね。あまりにも準備期間が短すぎた。……それでも、いさなは凍月と二人三脚で歩んできたんだ。影無の苦労は、当人にしかわからない。きっと想像を絶するものなんだろう。そんな妹に対して、僕はなにもできなかった。だからせめて、もう一度おじいさまと会える機会を作りたかったんだ」
「だから、異界学校を造ったんですね」
「僕の力だけじゃないけどね。あれだけの規模の異界空間は、魔術師ひとりでどうにかなるものじゃない。槐さんの力と、協会のノウハウが必要だった。試練っていう名目もね」
「協会は噛んでいないという話では?」
「建前だよ。槐さんはああ言っていたけど、協会には話を通してある。じゃなきゃ、怪異災害が発生したって大騒ぎになる」
言われてみればもっともだ。発生した怪異の把握や管理も協会の仕事と聞いている。
「まあでも、いさなが喜んでくれたのならよかったよ……。きみたちを巻き込んだって怒ってもいたけど」
そっと吐き出すように、道隆は言った。
「あたしは別に気にしてないけどね」
それまで氷魚の腕の中で目を閉じていたミオが、不意に口を開いた。




