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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭㉜

 氷魚ひおが目を開けると、見慣れた光景が飛び込んできた。鳴高の、屋上へと続く階段の踊り場だ。いさなと凍月いてづきさいかちもいる。

 腕の中に暖かな感触があり、視線を落とす。猫に戻ったミオが、そこにはいた。異界学校に行く前と同じように。

 ミオは気絶しているのではなく、どうやら寝ているようだ。

「――?」

 ふと違和感を覚え、氷魚はミオを片手で支えながら携帯端末を取り出す。時刻を確認すると、まだ午後4時にもなっていなかった。異界学校で数時間は過ごしたはずだが。

「時間も歪めていたってこと?」

 氷魚と同様に、時間の違和感に気づいたらしいいさなが言う。

 槐はにやりと笑ってうなずいた。

「その通り」

「あれだけの空間を構築しただけじゃなく、そんなことまで……」

「空間に関しては、ここに来た人々の力も借りたよ。ほら、今日は文化祭というお祭りだろう? 大勢の人たちが、この学校という場所を認識している。あとはそれを投影するだけだ」

「だけって、並の魔術師にできることじゃねえだろう」と凍月が言う。

「手伝ってくれた魔術師が優秀でね。きみたちのよく知る人物だよ。そろそろ出てきたらどうかな」

 槐が、階下に向かって呼びかけた。

 いさなの肩がわずかに震える。氷魚の脳裏に浮かんだのは、鳴城城址で出会った青年の顔だった。

 影無の、そしてひとの道から外れた、いさなのいとこ――。

 まさか。いや、でも。

「無事に突破できたみたいだね。よかった」

 聞き覚えのある声だった。しかしそれは春夜のものではない。

 氷魚といさなはほぼ同時に振り向く。

 穏やかな笑みを浮かべた道隆みちたかが、階段を上ってくる。

 安堵と不安がごちゃ混ぜになった感情がわき上がってきた。

「……どうして?」

 いさなが、氷魚が抱いた疑問と全く同じ言葉を口にした。その声には、かすかに怒気が含まれていた。

「槐さんに頼まれたからね」

「頼まれたって……。それで氷魚くんやミオを巻き込んだの?」

 ちらと氷魚を一瞥して、道隆は言った。

「巻き込むもなにも、氷魚くんと猫の女神さまを試すのが目的だよ。槐さんが言ったはずだ。試練だって」

「っ! なんの権利があってそんな」

「いさな、きみが言うかい? 協力者だって、氷魚くんを連れ回しているじゃないか。彼をこれまで危険な目にあわせたことがないと?」

 冷静に返され、いさなはぐっと言葉に詰まった。

「……それは」

「いさなさん」

 氷魚は割り込むようにして言った。

「おれは大丈夫です。ミオは怒るかもしれないけど」

 氷魚の腕の中、ミオはまだ眠っている。

「大丈夫って、あんな目にあったのに? ……わたしが言えたことじゃないけど」

「おれは、おれの意志でいさなさんと一緒にいるんです。危険なことや怖いことは確かにある。でも、大丈夫です」

「……どうして?」

「いつも、最後には楽しかったって思えるから」

 それだけは間違いがない。氷魚の本心だ。

「氷魚くん……」

「だったら、今回も問題はなかったかな」

 軽い調子で道隆は言った。出会ったときから、彼はいつも飄々としている。けど、心の内はわからない。

「兄さんは……!」

 いさなの怒気を受けて、道隆は肩をすくめた。

「妹にこれ以上怒られないうちに、僕は退散しようかな。それじゃあ氷魚くん、また。猫の女神さまにもよろしく言っておいてくれ」

「兄さん、わたしの話はまだ終わってない」

 いさなが言うと、去りかけた道隆は顔だけをこちらに向けた。

「だったら、家に帰ってきたときにでも聞くよ。とはいえ、きみだってわかってると思うけどね」

「わかってるって……?」

 道隆はそれには応えずに、そのまま階段を下りていった。

 氷魚にはどうしても気になっていることがある。道隆と話すタイミングはいましかないと思う。

「――いさなさん。おれ、道隆さんと話してきます。ちょっと待っていてもらえますか」

「え?」

 言うなり、氷魚は道隆の後を追って足早に階段を下りた。


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