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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭㉛

 いさなが実際に戦っていたのは数分だっただろうか。氷魚ひおの目には、一瞬の出来事に映った。

 いさなが残心を解いたのを見て、駆け寄る。

「いさなさん、いつも以上にすごかったです」

 氷魚が言うと、いさなは照れくさそうにはにかんだ。

「ありがと。自分で言うのもなんだけど、いまの戦いは調子がよかったんだ。おじいさまに稽古をつけてもらったからかな」

「あれって稽古だったんですか? てっきり試練の一部だと思ってました」

 氷魚の目から見たいさなと桜馬おうまの戦闘は激しいものだった。命の取り合いといわれても納得するくらいに。

「稽古だよ。最後のね」

 いさなは晴れがましく笑った。

「最後……」

 確かにその通りだ。死者である桜馬と再会するなど、本来ならば叶わないことだった。

 いさなはきっと桜馬を慕っていた。

 師として――何より祖父として。

 ありえないはずの再会は試練などではなく、いさなにとっての救いだったのかもしれない。

「わたしはまだまだだけど、でも――」

 いさなは刀の柄をそっと撫でる。

「少しは、ましになれたんだと思う」

「そうだな。でなけりゃ、俺の目が節穴だったってなっちまう」

 いさなの肩に跳び乗った凍月いてづきが、前脚でいさなの頬をつついた。いさなは凍月の頭を撫でる。

「そうだね。凍月の選択は間違ってなかったって、証明しなくちゃ」

「間違いではなかったと思うよ」

 唐突に、側面から声がした。

 氷魚たちが目を向けると、人体模型が笑みを浮かべて立っている。いつの間に現れたのだろう。まるで気配を感じなかった。

 いさなは即座に臨戦態勢を取った。氷魚は言われる前にいさなの後ろに待避する。

「待った。こちらにはもう戦う意志はない」

 人体模型はわざとらしく両手を挙げる。この声、聞き覚えがある。それに、気配を感じさせなかったのは――

「もしかして、さいかちさん、ですか」

 氷魚が言うと、人体模型は嬉しそうに手を叩いた。

「当たりだ、少年」

 そうして、『トータル・リコール』のワンシーンのように、人体模型の身体が頭から両側に割れていく。中に入っていたのはスーツ姿の老人――槐だった。

「ミオをどこにやったんですか」

 いさなの背後から進み出て、氷魚は口を開いた。

 いまさら害を加えるとは考えにくいが、このあやかしはどうにも信用できない。

 氷魚の問いを受け流すように、槐は両手を広げた。

「一足先にきみたちの世界に帰ってもらったよ」

「だったら、俺たちもさっさと帰せよ」と凍月がすごむ。

「その前に、1つだけ訊かせて」

 刀の柄から手を離したいさなが口を開く。

「いいとも。なにかな?」

「おじいさまの霊体を、どうやって呼び出したの?」

 氷魚はなんとなしに魔術だと思っていたが、違うのだろうか。降霊術みたいなものもあるのかもしれない。

「きみには答えがわかっているんじゃないかな」

 槐の言葉に、いさなはびくりと身を震わせると、刀に目を落とした。

「なら、彰也も……?」

 なぜ、ここで彰也の名前が出てくるのか。氷魚には見当がつかないが、影無にしかわからないなにかがあるのか。

「さあ、どうかな」

 槐は、人を食ったような笑みを浮かべた。

「わたしが死んだら、また会える?」

 どういう意味だろうか。いや、それよりも――

 気づけば氷魚はいさなの腕をつかんでいた。

「……氷魚くん?」

 いさなのいぶかしげな声で、氷魚は慌てて手を離す。

「あ、ご、ごめんなさい」

「――こちらこそ、ごめん。おかしなことを言って」

「その、おれは……いさなさんに、長生きしてほしいです」

 我ながらひねりのないセリフだとは思うが、氷魚の本心だった。

 しばしきょとんとしていたいさなだったが、やがて破顔した。

「そうだね。そうなったら、いいかもね」

「桜馬だってあんなしわくちゃのじじいになったんだ。おまえもばばあになるさ」

 凍月がぶっきらぼうに言う。

「――うん。ありがと。ふたりとも」

 いさなは氷魚の手を取り、そっと握った。

「もう、いいかな?」

 槐の言葉に、いさなはうなずいた。

「はい。もうだいじょうぶ」

「なら、そろそろお開きにしようか」

「なにがお開きだ。てめえの都合で好き勝手やりやがって」

 凍月の毒舌を笑って受け流すと、槐は指を鳴らした。

 そして、異界学校に来たときと同じように、視界が歪んだ。

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