素晴らしきかな、文化祭㉚
あのときは手も足も出ず、ミオとふたり逃げ回ることしかできなかった。
だがいまはいさなと凍月がいる。がしゃどくろにだって勝てるはずだ。
そこまで考えて、氷魚は苦笑した。これじゃ虎の威を借る狐だ。自分はなにもしないのに。
昇降口までやってきた。外にがしゃどくろの姿は見えない。
「見当たらないね。凍月、気配はどう?」
いさなが、足下を歩く凍月に訊いた。
「薄いが、匂う。特定の行動がきっかけとなって出現するやつなのかもしれん」
「というと、校舎の外に出ようとする、とかですか?」
氷魚の言葉に、凍月はうなずく。
「だな」
いさなは自分の下駄箱を開けると、靴に履き替えた。氷魚もいさなに倣う。自分が履いていたスニーカーまでしっかりコピーされている。
この異界学校を構築した魔術師が几帳面なのか、そもそもそういう術なのか。やはり魔術はよくわからない。
「じゃあ、行くよ。氷魚くんはわたしたちの前に出ないでね」
がしゃどくろとの戦闘が始まったら、氷魚にできることはなにもない。せめて足を引っ張らないようにしなくてはいけないと思う。
「了解です」
いさなに続き、氷魚は外に出た。
途端、校庭の方から大きな地鳴りのような音が響いた。揺れがこちらまで伝わってくる。
「お出ましみたいだな」凍月が言った。
見れば、校庭に立つがしゃどくろがこちらに暗い眼窩を向けていた。
「……大きくないですか、あのあやかし」
さすがに校舎を超えるほどではないが、10メートル近くあるのではないか。
ミオと一緒に遭遇したときは全長がわからなかったが、ここまでとは。
「そうだね」
言って、いさなと凍月が歩き出す。自信に満ちた足取りだった。氷魚もあとに続く。
氷魚たちを待っているのか、がしゃどくろは動こうとしなかった。
校庭に到着する。
いさなは刀を抜き放ち、がしゃどくろと対峙した。
近づくと、ますますがしゃどくろの大きさが際立つ。巨人と言っても差し支えない。これだけ大きなあやかしにはお目にかかったことがない。
いさなが刀を振るっても、足にしか届かないのではないか。影無の刀が強力無比だとしても、足を切ったぐらいで倒せるのだろうか。
「問題ないよ。わたしと凍月なら」
氷魚の不安を見透かしたように、いさなは横顔を向けて笑みを浮かべた。
その笑みを挑発と受け取ったのかどうかはわからないが、がしゃどくろが大きな拳を握りしめ、いさな目がけて叩きつけた。
いさなは軽やかな足さばきで拳を避ける。工事用のハンマーでも叩きつけたような音が響き、砂埃が舞った。
身を翻したいさなが刀を振るった。まったく力みのない斬撃が、がしゃどくろの腕を肘から断ち切る。重い音を立てて校庭に落ちたがしゃどくろの腕は、音もなく塵となって消えた。
続けていさなは滑るように移動し、がしゃどくろの足を斬る。刃は、太くて固そうながしゃどくろのすねの骨をたやすく切断した。
がくりと、がしゃどくろは体勢を崩して片膝を着いた。
「凍月!」
「おう!」
いさなの呼びかけに応えた凍月がその身を巨大化させる。いさなは大きくなった凍月の背を駆け、跳び上がった。そうして、大上段に振りかぶった刃をがしゃどくろの頭に振り下ろす。
そのままの勢いでがしゃどくろの身体を真っ二つに断ち切りつつ、いさなは地面に着地する。
静かに呼吸を整え、納刀。
同時に、がしゃどくろは塵となって消えていった。




