素晴らしきかな、文化祭㉙
いさなの影が蠢き、凍月が姿を現した。
離れていた時間はさほど長くないのに、ひどく久しぶりに感じる。
いさなは思わず凍月をぎゅっと抱きしめた。ふかふかの毛並みが温かい。
「おい、俺は猫やぬいぐるみじゃねぇぞ」
「いいでしょ。こんなときぐらい」
凍月は鼻を鳴らしはしたものの、抵抗しなかった。
凍月はいつもこうだ。いさなが必要としているときは、抱きしめさせてくれる。
初めて会ったときから、ずっと。
「凍月、おじいさまと会ったよ」
「知ってる。懐かしい気配がしたからな」
「頭を、撫でてもらったんだ」
「よかったじゃねえか。あいつがそんなことするなんて驚きだがな」
「だよね。わたしも驚いた」
「本当は、おまえたちを甘やかしたかったのかもな」
「そうなの?」
「俺の想像だ。あれであいつもいろいろ悩んで……いや、これ以上はやめとくか」
祖父とて、影無である前に人だったということだろうか――
「っと、悪いな、小僧。いいところを邪魔したみたいで」
いさなが物思いにふけっていると、凍月は氷魚に意味ありげな視線を送った。
「え?」
氷魚はきょとんしている。凍月は呆れたように嘆息した。
「いや、なんでもねえ」
先ほどの自分がしようとした行動を思い返し、いさなは顔が熱くなるのを感じた。
勢いで、自分はとんでもないことをするところだった。凍月が出てこなかったら危なかったかもしれない。
「そうだ凍月。いまの状況、把握してる?」
「大体な。こっちの世界に飛ばされたとき、ほとんど封印されたみたいな状態になったが、気配や声を感じることはできてたよ。おまえたちの会話も聞こえてた」
「じゃあ、この学校は――」
「ぬらりひょんのジジイが作り上げた結界内にある空間だと思うぞ。おまえらの通う学校をコピーしたんだろう」
大方はいさなの予想通りだった。しかし、疑問は残る。
「いくら強大な力を持つあやかしだからって、1人でこんな空間を構築できるの?」
「魔術師が手を貸してるんじゃねえか」
「魔術師……」
やはりそこに行き着くか。
「春夜だったらもっとえげつないことをしてくる。違うから心配すんな」
凍月は、いさなが思い描いた人物の名を出した。やはり凍月はいさなのことがよくわかっている。
「……うん」
「さて、そろそろ行こうぜ。あの猫女神が待ちくたびれちまう」
いさなの腕の中から抜け出し、凍月は大きく伸びをした。
「凍月さん、ミオがどこにいるかわかるんですか?」
氷魚が言うと、凍月は首を横に振った。
「いや。だが、見当はついてる」
「それらしい場所なんて、ありましたっけ?」
「さあ……?」
氷魚に訊かれたが、いさなも思いつかない。
「なんだよ、わからねえのか? 小僧は気づきそうなもんだが」
「――あ!」
すると、氷魚が声を上げた。
「もしかして、あの大きなガイコツですか。がしゃどくろ!」
「そっか。明らかに番人っぽいものね」
「ああ。となると、そいつさえ倒せば――」
「ミオも取り戻せるし、異界学校からも抜け出せる」
氷魚の言葉を聞いた凍月は、にやりと笑った。
「そういうこった。散々いいようにやってくれたんだ。リベンジといこうぜ」




