素晴らしきかな、文化祭㉘
「いさなさん」
背後から氷魚の声がした。涙を見られたくなくて、いさなは乱雑に手で目をこする。
いまさら氷魚相手に取り繕っても仕方がないのだけど、先輩として最低限の見栄は張りたかった。
頼りになって、強い先輩。――実際はそんなこと、ぜんぜんないのだけど。
刀を握って立ち上がる。振り向く。
こちらを見つめる氷魚と目が合った。
――ああ、この子は、いつもまっすぐにわたしを見る。
「結局、答えは教えてもらえなかったよ」
いさなが言うと、氷魚は緩く首を横に振った。
「精神性、だったんだと思います」
柔らかな声で、氷魚は言った。
「――え?」
唐突に感じられ、いさなは小首をかしげた。
「いさなさんが影無に選ばれた理由。おじいさんは、そう言いたかったんじゃないかな」
「どうして?」
「桜馬さんは胸に手を当てて、いさなさんの頭を撫でていましたよね。あれって、そういう意味なんじゃないですか」
「――あ」
言われてみれば――
頭を撫でられたことで胸がいっぱいになり、そこまで考えがいたらなかった。
「……でも、わたしの精神性なんて」
脆弱だ。決して強いものとは言えない。影無になって以来、何度折れそうになったことか。
一方で、目の前の少年はどうだ。
これまで怪異とは無縁だったのに、いさなと出会ってから何度も修羅場をくぐり抜けてきた。
肉体的強さではない。精神の強さのたまものだ。
「氷魚くんの方が、ずっと強い」
氷魚は、心底意外そうな顔をした。
「おれが?」
「うん」
「そんなことないと思いますが」
「でも、怪異と遭遇しても動じないよね。そして、立ち向かえる強さを持っている」
一般人にしては度が過ぎているくらいの強さだ。少し、心配になるくらいの。
「おれ、立ち向かえてますか……?」
自覚がないのか自信なさげに言ったあと、氷魚は少し思案して、
「ええと、強い弱いは別として、方向性なんじゃないですか」
「方向性?」
「はい。凍月さんと共に、強大な力を持つ刀を適切に振るえるかどうか。つまり、影無としての正しい精神のあり方。……春夜さんには、それがなかったのでは」
言われて、思い当たるところがあった。
「――そう、か」
自分が影無として正しいと、自信を持って言い切ることはもちろんまだできない。
けど、春夜が影無として正しくないとは言い切れる。
そして、彰也は間違いなく正しい影無だった。無論、祖父も。
「ありがとう、氷魚くん。なんとなくだけど、わかった気がする」
「それなら、よかったです」
氷魚がやさしく微笑む。
なぜだか、その笑みを愛おしく感じて胸がうずいた。唐突に、氷魚を抱きしめたい衝動に駆られる。
いさなは無意識にそっと氷魚に腕を伸ばし――
「まったく。黙って聞いてりゃ、ややこしく考えすぎなんだよ、おまえらは」
と、いさなの影から懐かしい声が響いた。
いさなは氷魚と顔を見合わせ、
「凍月!」「凍月さん!」声を上げた。




