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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭㉗

 思えば、一度だって稽古で桜馬おうまに勝ったことはなかった。いつだって負けてばっかりで、でもそれは当たり前だった。

 だって自分には才能がないから。

 魔術だけじゃない。剣術の才だって、彰也や春夜と比べたら明確に劣っていた。

 なのにどうして、自分は――

 木刀が体育館の床に落ちる音で、いさなは我に返った。

 ――勝った、の?

 すぐには信じられなかった。しかし、手のしびれと、床に転がった桜馬の木刀は揺るがぬ事実だった。

 桜馬は姿勢を正し、いさなに向かって一礼する。

 呆然としていたのも束の間、いさなは木刀を下ろし、深々と頭を下げた。

「――ありがとうございました」

 途端、どっと脱力した。紛れもなく、全力を使い果たした。

 立っていられなくなり、いさなはその場に膝をついた。

 氷魚ひおが近づいてくる気配があった。

「……どうして」

 我知らず言葉が漏れる。氷魚の足音が後方で止まる。顔を上げる。

 いさなは、生前と変わらぬいかめしい顔つきの祖父をじっと見つめた。

「どうして、わたしなのですか?」

 桜馬はなにも答えない。ただ黙って見つめ返してくる。

「わたしを選んだ理由を、凍月いてづきは教えてくれません。おじいさまには心当たりがありますか?」

 桜馬が無言で近づいてくる。

絡新婦じょろうぐも沢音さわねさんから聞きました。次の影無は彰也かわたしだとおじいさまが言っていたと。でも……」

 再びうつむく。

「……わたしには、理由がわからないのです」

 無能でも影無に選ばれたのは、遠見塚の血が流れていたから。最低限の資格はあった。

 選ばれたからには責務を全うしようと考えていたし、そうしてきた。

 だけど――

 ずっと誰かに教えてほしかった。自分が影無に選ばれた理由を。

 おまえには本当の意味での資格があるから安心しろと、保証してほしかったのかもしれない。

 唯一それができるはずの凍月は黙して語らず、先代の影無である彰也はもういない。

 先々代の桜馬にこうした形で会えたのは、あるいは千載一遇の好機なのかもしれなかった。

 桜馬がかがみ込み、いさなと目線を合わせる。

 驚くほど穏やかな顔つきをした祖父の顔が、そこにはあった。

「おじいさま……」

 桜馬は、いさなが手にしている木刀を指さした。

 目を向ける。

 木刀は、淡い輝きを放っていた。

 輝きは見る間に強くなっていき、やがて木刀を完全に包み込んだ。

 そして、木刀は一際強い輝きを放ち、いさなは思わず目を閉じる。

「――っ!?」

 次にいさなが目を開けたとき、木刀は見慣れた刀へと姿を変えていた。

「わたしの、刀……?」

 桜馬はやはりなにも言わず、自分の胸に手を当てたあと、いさなの頭をなでた。

「え……?」

 祖父に頭を撫でられた記憶はない。両親にも。

 壊れ物でも扱うように、祖父はごつごつした手のひらでいさなの頭を撫でる。

 初めてのやさしい感触に、いさなの目頭が熱くなった。

「おじいさま、わたしは――」

 祖父が手を離し、大きくうなずく。そして、一歩後ろに下がった。

「! 待って、待ってください!」

 祖父の口が動いた。なにを言ったのか、聞き取ることはできなかった。

 祖父の身体が淡い光に包まれる。

 祖父が消えていく。

 せめて、と思う。

 せめて、これだけは。

「――おじいさま。また会えて、嬉しかったです」

 最後に祖父は、やさしく微笑んだ。


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