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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭㉖

 いさなと氷魚ひおは渡り廊下を通って隣の体育館まで歩く。開け放たれていた扉をくぐり抜ける。

 館内には照明がついていた。

 床はまるでワックスがけでもしたみたいにピカピカに磨かれている。

 現実の鳴校では観劇用にブルーシートが敷かれ、パイプ椅子が置かれていたが、こちらの異界学校では片付けられたのか剥き出しの床のままだ。

 そして、演台を背に道着姿の老人が立っていた。彫りの深い顔立ちで、いかめしい表情をしている。

 武道の経験がない氷魚ですら、一目見て尋常ではない気配を感じ取った。

「……いさなさん、あの方が桜馬おうまさんですか」

「ええ。そう。わたしの、おじいさま」

 桜馬はいさなの隣にいる氷魚を一瞥する。視線になぜだか殺気がこもっている気がして、背筋がぞっとした。

 初対面で恨まれるような覚えなどないのに、どうして。

 氷魚がおののきながらも内心首をひねっていると、桜馬はすぐに視線をいさなに移した。

 いさなが手にしている木刀を見て、軽く目を細める。それから、自身が手にしている木刀を正眼に構えた。

 瞬間、館内の空気が張り詰めた。

 氷魚は無意識につばを飲み込む。

 間違いなく、桜馬はとんでもなく強い。幽霊なのだとしても、すさまじい存在感を放っている。

 本当に、いさなはいまからあの相手と戦うのか。

 止めた方がいいのではないか。

 だが、止めてどうなる?

 いさなは氷魚が制止しても戦うだろう。ミオを助けるために。そして、この異界学校から脱出するために。

 いさなは大きく息を吐くと、上履きと靴下を脱いで裸足になった。

「じゃあ、行ってくるね」

「――はい。お気をつけて」

 結局、氷魚にはそんなありふれた言葉をかけることしかできなかった。


 氷魚の言葉を受けて、いさなは前に進む。

 氷魚といると、力をもらえるのが不思議だ。

 自分がこれから戦う相手が途方もない強敵であることがわかっていても、心は静かに凪いでいる。

「参ります。おじいさま」

 いさなは一息で間合いを詰めた。上段に振りかぶった木刀を振り下ろす。握っているのは木刀だが、岩でも斬れる気がした。

 真っ向からいさなの斬撃を受け止めた桜馬が、わずかに目を見開く。

 斬撃の勢いはそのまま、木刀を滑らせつつ桜馬の側面に回り込む。素早く対応した桜馬が木刀を横薙ぎに払う。真下に沈み込むようにしてかわす。そのまま桜馬の足を狙って木刀を振り抜く。跳び上がって躱した桜馬は先ほどのお返しとばかりに上段から斬撃を放ってきた。立て膝になって受け止める。

 重い、けど――

 柄を強く握る。

 裂帛の気合いと共に、いさなは桜馬の木刀を弾いた。

 立ち上がりつつ、いさなは逆袈裟に木刀を振り抜く。小細工なしの斬撃だった。桜馬はわずかに身体を反らしただけであっさりといさなの斬撃を躱した。

 互いに八相の構えを取る。

 先ほどとは違う。まったく萎縮していない。それどころか、この時間を楽しんですらいた。

 ――そう、楽しい。

 身につけた剣技で、まるで舞でも舞っているかのように桜馬と戦うのは、楽しかった。

 先ほどの、いや、昔の稽古のときにも思いもしなかったことだ。

 桜馬は、どう思っているだろうか。

 少しは上達したと、認めてくれるだろうか。

 木刀の打ち合う音が、静かな体育館内に響き渡る。

 いつまでだって打ち合っていられる気がしたが、終わりは唐突に訪れた。

 桜馬が見せたわずかな隙、罠の可能性も一瞬考えたが、思い切って打ち込んだ。

 桜馬は、驚愕に目を見開いた。

 桜馬が握っていた木刀が、宙を舞った。


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