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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭㉕

「いさなさん。あれって木刀じゃないですか」

 氷魚ひおは壁をライトで照らす。

「本当だ。どうしていままで気づかなかったのかな」

 首をかしげて、いさなは木刀に近づいた。手に取ってじっと眺める。

「ずいぶん年季が入ってる。材質はなんだろう……」

「木刀に使われる木材って、たくさん種類があるんですか?」

 普段意識したことがないので、さっぱり見当がつかない。氷魚にとっての木刀は、観光地の土産物屋で売っているものという印象が強い。

「あるね。赤樫あかがしが使われることが多いけど、これはわからないな」

 言って、いさなは軽く木刀を振ってみせる。鋭い音がした。

「うん、しっくりくる」

「なら、その木刀を持っていきますか?」

「そうだね……」

 いさなはどこか浮かない顔だった。木刀が気に入らなかったのだろうか。

「やっぱり、違う武器を探しましょうか」

 氷魚が言うと、いさなはゆるりと首を横に振る。

「……ごめん。そうじゃないの」

 そして、木刀を下ろして切っ先を床に向ける。

「ただ、考えちゃって」

 いさなは、困ったような笑みを浮かべた。一体どうしたのだろう。

「考えた、というと?」

「もしもわたしがおじいさまに勝てなければ、ずっとここから出られないのかなって」

「――」

 予想外の言葉だった。

 この異界学校で、いさなは一度、桜馬おうまに負けているという。その事実が、いさなを弱気にさせているのかもしれなかった。

「いさなさん、おれは――」

 いさなさんを信じていますと言いかけて、氷魚は寸前で思いとどまった。

 氷魚はもちろんいさなを心から信じている。相手がどれだけ強敵だろうとも、きっと勝てる。たとえ、実の祖父だろうとも。

 だが、戦えない自分がいさなに「勝てます」と言っていいのか。

 こんなとき、凍月いてづきがいてくれたら――

 氷魚は、細いライトの光の中に浮かぶ、心細げないさなの顔に目を向ける。

 氷魚に助言を与えてくれる存在はここにはいない。そして、いさなを励ますことのできる存在も。

 氷魚は拳を握った。

 だったら――

「――いさなさんは、おじいさんのことが好きですか?」

「どうしたの、急に」

「気になったんです」

 いさなはしばし考え込む。

「――そうだね。好きだと思う。厳しい人だったけど、やさしい人でもあった。……みんなに内緒でこっそりお団子をくれたりね。あれはうれしかったな」

「なら、本気で戦うことはつらいですか?」

「……つらいというより、怖い。祖父は、わたしよりずっと強いから」

「でも、いさなさんは戦おうとしてくれてますよね」

 どうしてですか、とは訊かなかった。訊くまでもなかった。

 氷魚は息を吸う。そして正面からいさなを見て言った。

「いさなさん。おれは、いさなさんを信じます。いさなさんなら、きっと勝てます。相手が誰でも」

 いさなは、一瞬だけひるんだような顔になった。

「どうして……?」

「いさなさんは、自分のためだけに戦っているわけじゃないから」

「なんでそう言い切れるの?」

「さっき、言いましたよね。ミオを助けるためにも行かなきゃって」

「――」

「だからです。だから、いさなさんは勝てます。いままで、誰かのために戦ったいさなさんが負けたことはないから」

「氷魚くん……」

 言うだけ言ったら気恥ずかしくなった。氷魚はごまかすようにへにゃっとした笑みを浮かべる。

「向こうに戻ったら、打ち上げでアンジェリカに行きましょうよ。季節のパスタとパフェ、まだ全部制覇してませんよね」

 いさなは、ふっと笑った。肩の力が抜けたのが、傍目にもわかった。

「そうだね。こっちの世界には、おいしい食べ物もなさそうだし」

 そう言って、いさなは倉庫の出入り口に向かう。

 氷魚もあとに続く。

 背後に、氷魚の気配を感じながらいさなは思う。

 本当に、自分は何度氷魚に助けられるのだろう。

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