素晴らしきかな、文化祭㉓
「氷魚くん……ありがとう」
いさなはモップを下ろして微笑んだ。フランケンの怪物を倒せたことにも安堵したし、何より氷魚が無事に戻ってきてくれたことに心底ほっとする。
「いえいえ。倒したのはいさなさんですよ」
「氷魚くんが水をかけてくれたからだよ。なんで水が弱点だってわかったの?」
相手はダンボールではあったが、魔術で強化されていた。どうして水をかけるという発想に至ったのか。
「試練だからです。凍月さんもいないし、刀も使えない。だったら、なにかしら解答が用意されていると思ったんです。紙は水や火に弱いから、それで連想しました」
氷魚の答えはシンプルだった。確かに、実戦ではあるが、試練でもある。解答があってもおかしくはない。
「なるほど。わたしは力押しで倒すことしか考えてなかったよ……」
「直前に戦ったドラキュラがあっさり倒せましたからね。そこも槐さんの狙いだったのでは? 思考を誘導させようっていう」
「そっか……」
氷魚の言うとおりだったら、自分は槐の思惑にまんまと乗せられてしまったことになる。
自分の頭が固いことを思い知る。いつも凍月が助言をくれるから、頼り切っていたというのもあるかもしれない。
「水が通用してよかったです。外の水道の近くにこれみよがしにバケツが置いてあったので警戒したんですが、お助けアイテムでしたね」
「そうだったんだ」
「それじゃあ、先に進みましょうか。あんまり待たせると、ミオが怒っちゃうから」
氷魚はバケツを置くと、携帯端末を手に取った。
すっかりいつものペースに戻っている。
相変わらず、異常な環境への適応力が高い。少し前まで怪異に関わりがなかった少年とは思えない。
元から精神力が強靱なのだろう。怪異と関わるにあたって、精神の強さは何よりも大事だ。
柔軟な発想、強い精神の力、そして生来の善良さ。
いずれも、自分には――
「どうしました、いさなさん?」
やや戸惑ったような顔で氷魚は言った。知らぬ間に、氷魚の顔をじっと見つめていたらしい。
いさなは首を横に振る。
「いえ、なんでも。行きましょうか」
その後、釣り竿を振っている人がいないにもかかわらずオートで飛んでくるコンニャクや、火事になるんじゃないかと心配になるくらい燃えさかる鬼火などに驚かされたものの、戦闘することなくゴールに到着することができた。
人体模型が待ち構えているだろうと思っていたのだが、氷魚の予想に反してゴールは無人だった。ミオの姿もない。
「氷魚くん、これ」
ゴールおめでとう、と書かれたボロボロの紙を咥えたお化け提灯を調べていたいさなが声を上げた。
ライトで照らすと、お化け提灯はもう一枚紙を咥えている。
「なんでしょうか」
「調べてみるね」
いさなはお化け提灯をモップでつつき、動かないことを確認してから紙を抜き取った。
「……っ」
ライトのかすかな光に照らされたいさなの顔がこわばる。
「どうしたんですか?」
いさなは無言で氷魚に紙を見せた。
折りたたまれた紙の表には『果たし状』と書かれていた。




