素晴らしきかな、文化祭㉒
闇の中に潜み、時折光の中に浮かび上がるダンボール製のフランケンは、さながら悪鬼のようだった。
意図的にライトを避けているようには見えないが、かえってその不規則さが動きを読みにくくしている。
繰り出される拳や蹴りをどうにかいなし、躱していく。一撃を受けるたびにモップがきしむ。どこから攻撃が飛んでくるかわからないストレスが精神を削っていく。
氷魚のライト誘導にどれだけ助けられていたか、身をもって実感する。
ひとり――
氷魚がこの場を離れたいま、本当の意味で、いさなは1人だった。
凍月もいない。刀もない。
それでもいさなが戦えているのは、桜馬に叩き込まれた戦闘術故だった。
魔術が使えなくても関係ない。己の身体に染みついた技術は決して裏切らない。
桜馬の言葉は、嘘ではなかった。
だが――
モップの柄でフランケンの顔面を強打する。
何度目かもう覚えていないモップの殴打は、やはり今回もフランケンにまったくダメージを与えていない。
決めた。
現状、攻撃は無意味だ。氷魚が戻るまで、防御に専念する。
攻撃に意識を向けなくてよくなったからだろうか。
ダンボールの腕と足をやりすごしながら、ふと自分の置かれた状況がおかしくなった。
母校の文化祭の真っ最中だというのに、自分は異界学校のお化け屋敷で、偽物のフランケンと戦っている。
影無になってから、普通に憧れたことがないと言ったらもちろん嘘になるが、これが自分の普通なのだろうなとも思う。
前半、氷魚と文化祭を回れただけ幸運だった。それだけでも十分だ。
凍月だったら、もっと欲張れって言うかもしれないけど。
――凍月。
時折憎たらしいことも言うけれど、彼の声を聞けないと寂しく思う。
影無と凍月は一心同体だ。どちらが欠けても成り立たない。
だから、早くまた会いたい。
フランケンのえぐるようなパンチがこめかみすれすれを通り過ぎていく。
攻撃にも目が慣れてきた。プログラミングの限界か、プロの格闘家にはやはり及ばない動きだ。
継ぎ接ぎの怪物は、やはり本物にはなれないのかもしれない。
そんなことを考えていたら、足音が聞こえた。
「いさなさんっ! 右に避けてください!」
氷魚の声を聞くなり、いさなは右に跳んだ。
ばしゃりという音がして、フランケンの身体に何かが降りかかった。途端、フランケンの動きが目に見えて鈍くなる。
「氷魚くん、何をかけたの?」
「水です。外にあったバケツに汲んできました」
「水……?」
魔術で強化されたダンボールが、ただの水でここまで弱るだろうか。
「はい。いまなら、攻撃も通用するはずです」
フランケンは隙だらけだ。半信半疑のまま、いさなは、モップの金具部分を水に濡れたフランケンの頭部に思い切り叩きつけた。
厚紙を貫く確かな手応えがあった。
さっきまでの堅さが嘘のように、モップはフランケンの頭部にたやすく突き刺さった。
フランケンはがくりと腕をたらし、そのまま後ろにどうと倒れる。
どうやら、倒せたらしい。フランケンが完全に沈黙していることを確認したいさなは、ゆっくりと振り向いた。
「やりましたね、いさなさん」
バケツを手にした氷魚が立っている。安心したような笑みを浮かべていた。




