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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭⑳

「……見た目通りのダンボールじゃないってことですか」

「そうみたい。魔術で強化されているのかも」

 だとしたら、厄介だ。

 モップも折れかけているし、いさなはどう対応するのだろう。

 自分にできることはないのか。

 効果のほどは不明だが、バケツに水でも汲んできてぶっかけてやろうかとも思う。

「いさなさん……」

「平気だよ。いつもどうにかしてきたでしょ」

 不安混じりの氷魚ひおの声に笑ってみせて、いさなは前に進み出た。

 意識して呼吸を整える。

 相手はダンボール製のフランケンシュタインの怪物。得体は知れないが、多少頑丈なだけで、決して強敵ではない。――普段の自分ならば。

 いさなは思う。思ってしまう。

 ――凍月いてづきがいてくれたら、炎で一撃なのに。

 おそらくは氷魚と同じくらい、もしかしたら氷魚以上に、いさなは不安を感じていた。

 凍月がいない、刀が使えないというのも不安の理由ではある。

 だが、一番の要因は――

 背中に感じる氷魚の気配。

 なんとしてでも彼を守らなくてはいけない。

 いつもどうにかしてきたというのは、かろうじて嘘ではない。

 けれども、それは凍月がいて、刀があったからだ。

 どちらもない自分は、怪異に対してどうしようもなく無力だ。


 魔術も使えないくせに。

 凍月頼みのできそこないの影無。

 刀を振り回すしか能がない。


 こんなときだというのに、いままで自分に向けられてきたマイナスの言葉ばかりが浮かんできてしまう。

 いや、こんなときだからこそか。

 丸裸にされた自分は、あまりにも頼りない。

 だからなのだろう。

 弱気が顔を覗かせる。油断すると、底のない暗い沼に引きずりこまれそうになる。

 弱気になっている場合ではない。自分が戦わなくては氷魚を守れないし、ミオも取り戻せない。

 わかっているのに、手の震えを止めることがどうしてもできない。

 桜馬おうまと戦ったときとは別種の恐怖が肩をつかんでいる。

 フランケンシュタインの怪物は、いさなの出方をうかがっているのか、じっとこちらを見つめている。

 ダンボールに描かれたその目は、いさなに問いかけているようだった。おまえは私に勝てるのかと。

 美術部の協力を得て作られたというフランケンシュタインの怪物は、動いていることも相まって圧倒的な存在感を放っていた。ダンボール製だというのが信じられないくらいの迫力だ。

 ――大丈夫。わたしは戦える。

 弱気をありったけの戦意でねじ伏せて、いさなはモップの柄を強く握る。

 強く踏み出し、いさなはモップを振るう。


 昔、春夜しゅんや遠見塚とおみづかの家のテレビでボクシングの試合を観ていたことがあった。稽古の空き時間だった。

 ボクシングに興味はなかったが、春夜が熱心にテレビを観ていたのが気になって、いさなは一緒に観ることにした。

 プロのボクサーたちは身体の使い方が巧みで、勉強になるところがたくさんあった。だから春夜は観ているのかと思い、聞いてみた。そうしたら春夜は笑ってこう言った。

 ――勉強? 違うよ。ただ、楽しいから観ているんだよ、と。


 ダンボールフランケンの攻撃をいなしながら、いさなはそのやりとりを思い出す。

 フランケンの動きがボクサーの動きに似ていたからだ。

 大きな身体からは想像もできない俊敏な動き、細かいフェイントを混ぜてパンチを放ってくる。

 おそらく、このフランケンには、ゴーレムに施すようなプログラムが組まれている。ボクサー由来のものだろう。

 どこの魔術師が手を貸したのかは知らないが、ダンボールに使っていい技術ではない。無駄遣いが過ぎる。

 試練の一環だとしても、どうしてここまでと思ってしまう。

 そんなにもミオを脅威に思っているのか。それとも、さいかちには他に狙いがあるのか。

 フランケンのボディーブローが脇腹をかすめる。ぎりぎりだった。

 だめだ。考えるのはあとだ。ながらで戦える相手ではない。

 いさなは汗ばむ手でモップを握り直す。

 槍や長刀の心得はあるが、モップで戦うのは初めてだ。

 最初は戸惑ったが、扱いにもそろそろ慣れてきた。そして、フランケンの動きにも。

 ジャブ、フック、次――

 ――来た。

 読み通りの右ストレート。

 回避しつつ、遠心力を乗せたモップの一撃を頭部に叩き込む。金具の部分だ。いくら魔術で強化されていても、効果はあるはず。

 狙い違わず、いさなの攻撃がフランケンに命中する。

 鈍い音がした。

「うそ……」

 モップが折れた音だった。

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