素晴らしきかな、文化祭⑮
まずは無人の職員室に向かい、キーボックスから武道場倉庫の鍵を拝借する。
緊急時だし、そもそも本当の鳴高ではない(と思われる)のだが、罪悪感がものすごかった。
「あとで返しに来ましょうね」
「氷魚くん、義理堅いね」
どうだろう。小心者なだけかもしれない。
その後、新たなあやかしや桜馬に出会うことなく、氷魚たちは無事、武道場に到着した。
校舎の外に面した渡り廊下を通ったが、がしゃどくろは現れなかった。
敷地の外に出られるわけではないからだろうか。
なんにせよ、襲われなくて助かったと思う。しかし、嵐の前の静けさという気もして、素直には喜べない。
さきほどは問題なく探索できたお化け屋敷だが、今回はどうか。
もっとも、今回はいさながいる。刀がなくても頼りになるのに変わりはない。
『お化け屋敷入り口』と朱書きされたボロボロの看板を横目に、3人は薄暗い道場内に足を踏み入れる。
本当なら所々――提灯の中など――に照明が取り付けられているのだが、電気が通っていないようで、視界がひどく悪い。
氷魚は携帯端末を取り出すと、ライトをつけた。
破れ提灯に笹、段ボールでこしらえたやたらリアルな井戸などが照らし出される。以前、凍月と潜った鳴城城址の井戸を否が応でも思い出す。あれは本当に肝が冷えた。
「バッテリーはだいじょうぶ?」
並んで歩くいさなが尋ねてくる。氷魚はうなずいた。
「まだいけます」
「本格的に暗くなる前には決着をつけたいね」
「ですね」
完全に夜になってしまったら、探索もままならなくなる。
それに、こんな学校で一晩を過ごす羽目になったら――
想像するだけでもぞっとする。たとえいさなが一緒だとしてもだ。
家族やクラスメイトにも心配をかけてしまうに違いない。今頃、騒ぎになっていないといいが。奏が気づいて、うまくごまかしてくれていることを祈る。
「あたしは暗くても平気だけどね」とミオは得意げに言った。
「便利でいいね」
「この間観たアニメに出てきた化け猫みたいに、目をヘッドライトにはできないけどね」
「化け猫……」
ネコバスを化け猫扱いしていいのだろうか。
「倉庫はこっちね」
保健室から出張中の、人体模型の首にかかっている順路の矢印を無視して、左に曲がる。
壁の隙間をくぐり抜けようとしていると――
「そっちじゃないよ」
後ろから、ささやき声がした。
「……? ミオ、なにか言った?」
「言ってない。けど、声はあたしにも聞こえたわ」
「こっちだよ」
まただ。子どもの声みたいに聞こえる。けど、まさか子どもが紛れ込んでいるわけがない。
悪意こそなさそうだが、ひたすらに不気味だった。
「……いさなさん」
「――氷魚くん、ミオ、わたしの後ろに」
振り向いたいさなは、前に進み出た。氷魚も半歩前に出て、ミオを後ろ手にかばう位置につく。
「もしよければ、これ、使いますか?」
「そうだね。借りるよ」
いさなは、氷魚が差し出したモップを受け取った。
柄の部分を下にして、槍のように構える。
掃除用具なのに、いさなが持つとまるで本物の武器みたいに見える。
だが、はたしてあやかしの類に通じるのか。なにせ、なんの変哲もないただのモップなのだ。
「誰? 姿を見せなさい!」
凛としたいさなの声が、武道場に響いた。
しばしの沈黙。
どうしますかと氷魚が声を出そうとした瞬間、
「……うにゃっ!?」
というミオの悲鳴が、後方から聞こえた。




