素晴らしきかな、文化祭⑭
「自然発生じゃなくて、人工的に造られたものだったんだけどね。泉間駅を模したもので、真白さんが解決したんだ」
「姫咲さんが」
氷魚は、銀の髪に薄褐色の肌をした少女を思い出す。
彼女には、時の腐肉喰らいというバケモノに襲われたときに助けてもらった。バイクに乗って銃をぶっ放す、かっこいい人だった。
「――真白さん、かわいいもんね」
なぜか、いさなが若干むくれたように言う。
「――?」
どうして容姿の話になるのだろう。
氷魚がきょとんとしていると、いさなは気まずそうに目をそらした。
「……ごめん、なんでもない。で、わたしたちがいまいる鳴高なんだけど、その異界駅に似てるんじゃないかって思うの」
「魔術で構築された空間ってこと?」とミオが言った。
「そう。異界駅ならぬ、異界学校ね」
「異界学校――」
ミオと2人、割とのんきに探索していたが、相当危ない場所のような気がしてきた。
否。
実際、いさなは襲われたわけだし、危険な場所なのだ。自分とミオは運がよかったに過ぎない。
「槐さんほど力のあるあやかしなら、こういう空間を造ることも可能なのかもしれない。それか、1人では無理でも、他に協力者がいるか」
「なるほど。だったら、これだけ濃密な魔力が満ちているのも納得ね」
ミオは人差し指を立てて、くるくると回してみせた。
「おれにはよくわからないんですが、この空間は本来の鳴高のコピーみたいなものって認識でいいんでしょうか」
氷魚が言うと、いさなはうなずいた。
「そうだね。概ね、そんな感じ」
だったら、解決策もあるかもしれない。
「姫咲さんが解決した異界駅と似たパターンならば、脱出方法も参考にできないでしょうか」
「どうかな。真白さんの場合だと、異界駅に巣くっていたあやかしを倒して脱出したって聞いたけど」
そう言われて真っ先に思い浮かべたのは、昇降口で遭遇した巨大なあやかしだった。
「ここに来る途中、がしゃどくろに出会いましたよ」
氷魚の言葉に、いさなは目を瞠った。
「がしゃどくろとはまた大物ね。襲ってきたの?」
「おれたちが外に出るのを阻んでいる感じでしたね。積極的に攻撃してくる様子はなかったです」
「そっか。2人が無事でよかった」
「番人的な存在なのかもしれないです。無理に校舎から出ようとしたら、危なかったかも」
「どっちみち、いまのわたしじゃ歯が立たないね。刀もないし、攻撃に使える魔導具もない」
そこで、いさなは周りに置かれた自分の私物に気づいた。不思議そうな顔でポケットにしまっていく。
吹っ飛ばされた際に落ちたのかと判断したのか、氷魚たちに言及はしなかった。
ミオは氷魚にいたずらっぽくウィンクする。共犯者みたいなのでやめてほしい。――いや、実際に共犯者か。見て見ぬふりをしていたし。
そもそも、なんでそんなことをしていたのかというと――
「そうだ。いさなさん、回復用の魔導具とか持ってないですか」
「あいにく、持ち合わせはないわ。どこか怪我をしたの?」
「いえ、ミオもおれも無傷です。けど、いさなさんが……」
「――ありがとう。わたしなら平気だよ。このくらいなら、動くのに支障はないから」
微笑んで、いさなは立ち上がった。少し片足をかばうような仕草をしたのが気になる。脇腹だけじゃなく、足も痛めているのではないか。
いさなは制服の汚れを払い、それから、ふと思い出したように、
「氷魚くんたちが来たときは、わたしだけだったんだよね」と言う。
「はい。桜馬さんはいませんでした」
「そう……。おじいさまは、わたしにとどめを刺さなかったんだ……」
いさなは、物騒なことをさらりと言った。
もし桜馬に殺意があったのなら、いさなは今頃――
そこまで想像して背筋がぞっとした。本当に、いさなが無事でいてくれてよかった。
「いさなのおじいさんは、どうしていさなの前に姿を現したのかしらね」
ミオの疑問はもっともだ。理由がわからない。
「凍月がいれば、教えてくれたかもしれないけど……」
いさなは、かすかにうつむいた。
いままで聞こえていた凍月の声が聞こえなくなる不安は、生半可なものではないと思う。いさなにしてみれば、凍月は自分の一部なのだ。氷魚には想像もつかないような喪失感が伴っているに違いない。
「あの――」
氷魚はなにか言うべきだと思いつつも、言うべき言葉を見つけられないまま口を開こうとする。
「いま、凍月はいない。だったら、自分の頭で考えるしかない」
と、氷魚よりも早く、ミオが口を開いた。
そうして、ミオはいさなの顔を覗き込む。
「でしょ?」
「――そう、だね。探索しながら考えてみる」
「うん。そうしよう」
言って、ミオはにかっと笑みを浮かべた。
幼い外見のミオだが、すごく頼りがいのある大人のように見えた。
「ありがとう、ミオ」
「どういたしまして」
結局、氷魚の出る幕はなかったようだ。




