素晴らしきかな、文化祭⑫
「いさなさんっ!?」
ある程度探索を済ませて、校舎一階、1-4の教室に入った氷魚は、悲鳴じみた声を上げた。
休憩所だからと、探索を後回しにした教室だった。
椅子と机は散らかり、黒板消しクリーナーは床に転がっている。
そして、窓際近くにいさなが倒れていた。一瞬で喉が干上がった。
心臓がうるさいほど鼓動を打つ。震える足を叱咤しながら近づく。かがみ込む。
いさなの目は閉じられてる。
「いさなさん……?」
呼びかけるが返事はない。
どうする?
こんなところに救急車なんて来てくれないし、自分には医療の知識もない。
どうすればいい?
とりあえず保健室に運ぶか? あそこならベッドもあるし、寝かせておける。
だが、抱き起こしていいのか。動かさない方がいいのではないか。でも、それで手遅れになったら――
手遅れ。
全身から血の気が引いていくような恐怖にとらわれる。
いさなが傷つくところを見るのは初めてではない。だが、会話ができない状態なんて、いままでになかった。
さっきまで、一緒に文化祭を回っていたのに。
なんで、どうして。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、意味のあることを考えられない。
「氷魚、落ち着いて」
傍らのミオが柔らかな声で言う。
「ミオ、でも……」
「大丈夫、生きてるから」
ミオはいさなの首筋に手を当て、うなずいた。
「気絶しているだけみたいね」
「だけって、気絶は大事じゃないか!」
思わず声が大きくなった。
なにがあったのかはわからない。だが、いさなと教室の荒れ用を見るに、戦闘が行われた可能性は高い。そしていさなは傷ついた。気絶するほどに。
「あなた、さっきまでの冷静さはどこに行ったの?」
「……おれは」
自分の冷静さなど、所詮は紙一重だ。精神が耐え切れそうもない事態が起きると、たやすく吹っ飛ぶ。
「あたしたちが慌てても、状況は好転しない。そうでしょ?」
なだめるように、ミオは氷魚の肩を叩いた。
「そう、だね……。ミオの言うとおりだ」
少しだけ気持ちが落ち着く。
自分にできることは、まず状況を整理することだ。
――頭を冷やせ。
「! そうだ、凍月さん! 凍月さんは?」
どうしていままで気づかなかったのか。凍月ならば事情を知っているはずだ。
しかし、いさなの影はうんともすんとも言わない。
「寝てる、ってわけでもなさそうね」
ミオは影を人差し指でつつく。そんなことをされたら怒るに決まっているのに、やはり凍月は沈黙したままだった。
「どうしたのかな……」
そもそも、氷魚たちが教室に入った時点で出てきてもいいはずなのに。
「――ミオ、治療の知識はある?」
凍月のことも心配だが、まずはいさなだ。
「残念ながら、ないわ。あたしの本体だったら治癒魔術が使えるんだけどね。人間の傷なんてイチコロよ」とミオは人差し指を立てた。
「イチコロじゃまずいでしょ……。って、魔術か。いさなさん、回復用の魔導具とか持ってないかな。以前、軟膏を使ってもらったんだけど」
軟膏は外傷用だったが、外傷以外に効く魔導具もありそうではある。
「その手があったか」
言うなり、ミオはいさなのスカートのポケットに手を突っ込んだ。
「ちょ、ちょっとミオ!」
「なによ。緊急事態だからいいでしょう。それとも、氷魚が探す?」
「いや、それは……」
いろいろとまずいだろう。もし探している最中にいさなが目を覚ましたら、土下座ではすまされない。
「ん、紙?」
ミオはポケットからなにか取り出した。複雑な文様が描かれた紙だ。
「護符だね。どんな効果があるかはわからないけど。たぶん、道隆さんっていう、いさなさんのお兄さんが作ったやつだよ」
ミオは護符を両手でつかみ、天井に掲げた。
「呪い札か。この国独自の術式ね。あたしじゃ使えないわ」
ミオは続けて手を突っ込み、携帯端末や財布、ハンカチなどを取り出す。
さすがにそろそろ止めた方がいいだろうか。
ハラハラしながらミオを見守っていると――
「……氷魚くん? ミオ?」
スカートをまさぐられたからなのか、それともたまたまなのか、いさながうっすらと目を開けた。




