素晴らしきかな、文化祭⑪
ろくに確認しなかったが、どうやらいさなの2-5同様、休憩所として使われている教室のようだ。椅子や机が適当に並べられている。
背後に気配、コテを離し、椅子をつかんで振り向きざまに投げつける。
意外なほど近距離まで迫っていた桜馬は、半身になって椅子を避けた。
先ほどの蹴りを避けたことといい、物理攻撃が訊くのかもしれない。とはいえ、ブラフの可能性もある。
護符は何枚か持っているが、攻撃に使えるものはない。
やはり、武器は現地調達するしかないようだ。
別の椅子で牽制しつつ、いさなは黒板に近づき、チョーク入れから何本かチョークを鷲づかみにしてポケットに突っ込んだ。ついでに黒板消しクリーナーも手に取り、桜馬の顔目がけて投げつける。
木刀でたたき落としてくれることを期待したが、あっさり避けられた。チョークの粉が床に散らばる。粉を煙幕にする作戦は失敗だ。
左手奥の掃除用具入れが目に入る。箒やモップならばリーチは十分だが、桜馬の斬撃を受けるには心許ない。
こちらも木刀が欲しいが、観光地の土産物屋じゃあるまいし、木刀を販売しているクラスなんてあるはずもない。
となると――
武道場。
体育館に隣接している武道場は、普段、剣道部と柔道部が使っている。倉庫に竹刀が保管されているはずだ。
鍵は――職員室だろうか。
まず職員室に向かい、首尾よく鍵を手に入れる。そうしたら武道場に行って竹刀を手に入れる。
それだけならなんてことはない。
ただし、桜馬から逃げつつとなるとぐんと難易度が上がる。
本気のかけっこをしたことはないが、さっきあっさり追いつかれたことを考えると、桜馬の足の速さはいさなと同程度かそれ以上だ。
凍月がいたら、いい策を授けてくれたかもしれない。
けど、凍月はいない。自分でやるしかない。
どんなに絶望的な状況だとしても。
桜馬は木刀を上段に構える。
「……っ!」
全身に寒気が走った。
桜馬の上段からの振り下ろしは、まともに受けられたためしがない。
あの春夜ですら、木刀を折られたことがあるくらいだ。
ならば、どうするか。
悩んでいる暇はない。いさなは一瞬で判断すると、椅子を引き寄せた。
呼吸を整え、相手の呼吸も読む。
恐ろしく静かな時間が流れる。
桜馬が動いた。
――いまっ!
いさなは椅子を真上に掲げる。
鈍い激突音。
木刀が椅子にぶつかると同時に手を離す。
すかさず桜馬の側面に回り込み、ポケットからつかみ取ったチョークを投擲する。
顔面を狙ったチョークは、桜馬のこめかみに命中した。桜馬は顔をしかめる。
続けていさなは机を両手でつかみ、桜馬の方に向かって押し出す。桜馬は木刀で弾くが、わずかに隙ができた。
――好機。
いさなは桜馬に背を向けて、ドア目がけてかけ出そうとする。
瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。体勢を崩し、倒れ込む。
見れば近くに鋲が落ちている。桜馬が投擲したのだろう。
痛みに顔をしかめつつ立ち上がる。
木刀を携えた桜馬が音もなく近づいてくる。
そこで初めていさなは恐怖を覚えた。
やはり自分では、どうやっても祖父には勝てないのではないか。
――なにを弱気な。
そしてすぐに臆病風に吹かれた自分を恥じる。
自分は影無だ。
桜馬の、そして彰也の跡を継いだのだ。
椅子をつかみ、桜馬をにらみつける。
負けるわけにはいかない。
いさなは無言で椅子を振りかぶり、桜馬に殴りかかった。




