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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭⑩

 和装の老人だった。

「……嘘でしょう」

 我知らず声が漏れる。

 いさなは、老人の顔に見覚えがあった。

 彫りの深い顔立ち。忘れるはずもない。厳しくもやさしかった人。

「おじいさま……」

 先々代の影無にして、いさなの祖父――遠見塚とおみづか桜馬おうま

 桜馬が右手に木刀を持っていることに、遅ればせながら気づく。

 背筋に冷たいものが走り、いさなはつばを飲み込んだ。

 幽霊か、それとも幻か。

 いさなが小学生のときに桜馬は亡くなっている。

 本物であるはずがないが、幽霊ならば本物と言ってもいいのか。

 そして、なんのために自分の前に現れたのか。

 動揺するいさなに頓着する素振りすら見せずに、桜馬は無言で間合いを詰める。

 殺気――

「――っ!」

 いさなは反射的に跳び退いた。

 桜馬が振るった木刀の切っ先が胴体をかすめる。容赦のない一撃だった。直撃していたらあばら骨の2、3本は折れていたに違いない。

 桜馬がさらに間合いを詰める。

 正体について考えるのはあとだ。

 この状況ではっきりしているのはただ1つ。

 伝わってくるのは紛れもない殺気。応戦しなければやられる。

 なにか武器はないのか。

 周囲を素早く見渡す。屋台の鉄板の上に、鈍色のコテがあるのが目についた。

 八相に構えた桜馬が袈裟懸けに木刀を振り下ろす。ぎりぎりのところで斜めに転がり、いさなは2本のコテをつかみ取った。

 リーチは短いが、無手よりはましだ。軽くすりあわせて焦げを落とす。

 両手にコテを構えたいさなを見て、桜馬はわずかに唇をつり上げた。

 ――笑った?

 そういえば――

「おじいさまは、刀に頼らない戦い方も教えてくれましたね」

 いさなが言うと、桜馬は笑みを引っ込める。こちらの言葉は通じているようだ。

 徹底的に叩き込まれたのは剣術だが、素手や他の武器での戦闘も教わっている。無手のときはあらゆるものを武器にしろとも。

 そんな場合ではないのに、懐かしさがこみ上げた。

 彰也あきや雅乃みやの、そして春夜しゅんや

 あのときはみんなが揃っていた。稽古は厳しかったけど、みんながいたから耐えられた。

 けど、いまは。


 ――誰もいない。わたしだけだ。


 どうして道を違えてしまったのだろう。なんでみんないなくなってしまったのだろう。

 そんなことを考えてしまい、一瞬、気が逸れた。

 いさなの隙をとがめるように、桜馬が木刀を振り下ろす。いさなは慌てて2本のコテを交差させて斬撃を受け止めた。

 すかさず片方の手を下げ、木刀を受け流す。牽制の蹴りはあっさりとかわされた。

 間髪入れずに桜馬は次々と斬撃を繰り出してくる。

 どれもが重く、鋭い。

 太刀筋は記憶の中のものと全く同じで、否応なく稽古を思い出す。

 桜馬はもちろん手加減してくれていたが、当時は本当に殺されると何度も思った。それくらい容赦がなかった。

 しかしいまはどうにかついていけている。

 これで刀さえあれば。

 コテだけでは防戦で手一杯だ。

 そもそも、中庭のような開けた場所だと自由に木刀が振れる分、あちらが圧倒的に有利だ。

 ならば――

 いさなは身を翻すと、屋台の隙間を走り抜け、空いていた窓から手近な教室に飛び込んだ。

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