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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭⑨

 中庭――残念なことに、子ども用小型プールの中は空っぽだった。近くにポイとビニール袋だけがぶら下げられている。

「人間だけじゃなくて、おれたち以外の生き物もいないのか……」

 バケモノみたいな金魚が泳いでいるよりはましだが、やはり空のプールはもの寂しい。底面に描かれたアニメキャラの笑顔もどことなく悲しそうだ。ぶくぶくと、エアーポンプからあぶくが出ている。

「変なガイコツはいたけどね」

 ミオは若干不機嫌そうに言った。金魚がいなくてがっかりしているようだ。

「まあまあ。ここから出たら、水族館に行こうよ」

 鳴城なるしろにはないが、泉間せんまには大きな水族館がある。たくさんの魚がいるので、きっとミオも楽しめる。

氷魚ひお、忘れてるみたいだけど、あたしが人間の姿を取れるのは、この世界だけよ?」

 ミオは苦笑して言った。

「あ……」

 さすがに猫を連れて水族館には入れない。もしかしたら大丈夫なところもあるのかもしれないが、少なくとも泉間の水族館は無理だ。

「ごめん、無神経だった」

 氷魚が言うと、ミオはゆるゆると首を横に振る。

「ううん。ぜんぜん。気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう」

 柔らかな笑顔だった。余計に胸が苦しくなる。

「――そうだ。ミオは、せっかく復活した現世で、なにか望むことはある? おれにできる範囲で協力するよ」

 贖罪というほどのものではない。ただせめて、彼女に――彼女たちに、少しでも現世を楽しんでほしいと思う。

 ミオはわずかな間考え込み、

「――そうね。大体は叶ってるかな」

「え――?」

 氷魚のぽかんとした顔をみて、ミオはおかしそうに笑った。

「いいの。気にしないで。さて、次はここに行きましょうよ」

 ミオがパンフレットの一部分を指さす。

 お化け屋敷だった。

「……この鳴高だと、本物が出てきそうだ」

「あら氷魚、あなた、本物にあったことがあるでしょ」

「いやそりゃあるけどね。怖いものは怖いよ」

「行きたくない場所にこそ、ヒントがあるかもよ」

「脱出ゲームみたいになってきたな」

 氷魚とミオは軽口を叩きながら再び校舎に入る。

 跳ねるように歩くミオの背中を見て思う。

 それにしても、ミオの望みとはなんだったのだろう。すでに大体叶っているとのことだったが。


 

 時間は少し遡る。

 さいかちが指を鳴らした次の瞬間、いさなは鳴高の中庭に立っていた。周りにいた氷魚やミオ、そして槐の姿はない。いさなが手にしていた刀も消えていた。

 それだけではない。先ほどまでは賑わっていた中庭に人間は誰ひとりおらず、不気味に静まりかえっていた。

 屋台の売り子や生徒、お客さんはどこに行ってしまったのか。一瞬で全員が消えるなど、尋常ではありえない。

 自分が屋上前の踊り場から飛ばされたことも含め、なんらかの怪異か、あるいは魔術か。

凍月いてづき、どういう状況かわかる?」

 いさなの声に、凍月は反応しなかった。

「……凍月?」

 寝ていることはままあるが、この状況でいさなの呼びかけに応えないというのは妙だ。

 いさなは周囲を見渡す。

 やはり誰もいない。あやかしの気配もないが、いさなだけでは察知に限界がある。

 不安になり、刀を呼び出そうとする。

 だが――

「……?」

 刀が出てこない。

 集中が乱れているせいかと思い、呼吸を整えてもう一度試す。

 結果は同じだった。

 じわりと胸の辺りからしみ出した焦りが、徐々に全身に広がっていく。

 落ち着け。きっと理由があるはずだ。

 ――魔術か魔導具で凍月が封じられ、刀の召喚も阻害されている、とか?

 凍月や影無の刀に干渉できる魔術や魔導具なんて見当もつかないが、相手はぬらりひょんだ。つかみどころがなく、どんな力を持っているかわかったものではない。


 ――こんなとき、氷魚くんがいてくれたら不安も和らぐのに。


 我知らずそんなことを考えていた自分に気づき、いさなは愕然とした。

 いつからあの少年の存在が、自分の中でこんなにも大きくなっていたのだろう。

「――そうだ。氷魚くん」

 氷魚やミオも、この不可思議な鳴高に来ている可能性が高い。

 槐が言っていた試練に関係しているのは間違いない。

 まずは2人を捜そう。

 そう決めたいさなが歩き出したとき、屋台の影からゆらりと誰かが姿を現した。


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