素晴らしきかな、文化祭⑧
校内に戻ると、雰囲気が幾分か変わっていた。元々あまり明るくなかったが、さらに薄暗くなっている。加えて、少し肌寒い。日が落ちてきたからだろうか。
時間を見るために、氷魚は携帯端末を取り出す。
そこで、いままで携帯に意識が向いていなかったことに気づいた。
――普通、真っ先に見そうなものだけどな。
繋がらなくて当たり前と無意識に判断していたのかもしれない。怪異に慣れるのは危険だと言ったばかりなのに。
はたして携帯端末の画面は真っ暗だった。充電は十分にあったはずなのに、うんともすんとも言わない。
――まあ、そうだよね。
軽く息を吐いて携帯端末をズボンのポケットに戻す。
傍らを見れば、ミオが腕をさすっていた。
半袖のワンピースだし、冷えてきたのかもしれない。長毛種だったらロングコートを着ていたのかなと思いつつ、氷魚は口を開く。
「ミオ、寒くない?」
「……ちょっとだけ」
「だよね。どうぞ」
氷魚は学ランを脱ぐと、ミオに着せかけた。体格差があるので、コートみたいになった。
「ありがとう。――家の匂いがするね」
「そう?」
自分の家の匂いは、自分ではわからない。けど、ミオにはわかるようだ。
「うん。安心する」
「そっか……」
ミオにとっても、橘家は『家』になったのだと思うと、嬉しい。
「氷魚は寒くないの?」
「おれは平気だよ」
実は寒かったが、ここは強がることにする。
ふと、1-5にあるメイド服が脳裏をよぎったが、着るのは最終手段にしたい。
「それより、この世界についてなにかわかったことはある? 結界がどうとかさっきは言ってたけど」
「まだよくわかんない。ただ、なんとなく、現実世界とは違う気はする」
「そっか……」
「役に立てなくてごめんね」
「ぜんぜん。気にしないで」
「ねえ氷魚、次にどこを調べるかは決まってるの?」
「いや、まだ」
後ろを見ればがしゃどくろは消えていた。しかし、外に出ようとすればまた出現するに違いない。
「職員用の出入り口とか、講堂に続く渡り廊下とか、外に繋がっているとこは他にもあるけど、あいつが出てくるんじゃないかな」
「だよね。じゃあさ、出し物……じゃなくて、教室を調べていくのはどう?」
ミオの手には、いつの間にか文化祭のパンフレットが握られていた。近くのラックから取ったようだ。
思えばミオは現世に復活してから、橘家と獣医以外の場所をよく知らない。外の世界を見て回りたいという好奇心が強いのかもしれない。猫だし。
神様相手に不憫というのは傲慢が過ぎるだろうが、もっといろいろ見せてあげたいと思う。
出口探しは一時脇に寄せて、少しくらい寄り道しても罰は当たるまい。ヒントが見つかるかもしれないし。
「いいよ。どこから調べる?」
「ホント!? あたし、この金魚すくいが気になる」
ああ、猫だなあと思う。
「金魚、いるといいね」
高校の文化祭では割と珍しいと思われる金魚すくいは、商店街のアクアリウムショップ(というより、昔ながらの金魚屋)の息子が鳴高に通っていることにより実現した。
「おいしいのかな?」ミオが目を輝かせる。
「……いたとしても、食べないでね」




