素晴らしきかな、文化祭⑥
女の子は透けるような白い肌に、黒いワンピースを身にまとっている。
背の高さは氷魚の腰くらいで、肩までの長さの髪の色は銀と黒のまだら。きれいなアーモンド型の目は琥珀色だ。
「ミオ、だよね?」
「決まってるじゃない。どう? あたしの化身した姿」
言ってミオはくるっと回って見せた。ワンピースの裾がふわりと広がる。
あやかしが化けるのだから、猫の神様が人に化けたって何の不思議もない。けど、驚いた。
「独創的だと思うよ。髪の色合いとか。ロックンローラーみたい」
「なにそれ」
期待していた答えと違ったのか、ミオはぷうと頬を膨らませた。
「かわいいよ。すごく」
お世辞ではなかった。厳然たる事実だ。
氷魚の言葉を聞いて、ミオは満面の笑みを浮かべる。
「でしょ? この子が人間になったら、絶対かわいいって思ってたの」
「……ああ、そうか」
ミオが言うこの子とは、ミオの依代になった子猫のことだ。
命が潰える直前に身体をミオに託したと聞く。
まだ幼い子猫なのに、そのような選択ができる気高い意志を持っていたことは尊敬に値すると思う。
「ってことは、その姿はミオ本来の姿じゃないんだね」
「うん。あたしの肌は褐色よ。こんなに白くない」
「そっちの姿も見てみたいかもね。きっと、ものすごくきれいなんだろうな。優雅で、気品があって――」
「……ま、まあ、機会があったらね。化けられるのは、この空間だからだし」
ミオは不意に顔を背けると、足早に歩き出した。氷魚もあとに続く。
「そうなの?」
「ええ。理由はまだわからないけど、ここは魔力が濃密なの。いまのあたしじゃ、普段は化身できないわ」
「なるほど……」
「それに、家で急にあたしが人間の姿になったら、みんな驚いちゃうでしょ」とミオはいたずらっぽく笑う。
「案外、あっさり受け入れるかもよ。ミオならありえるなって」
実際、氷魚の家族は賢すぎるミオを若干いぶかしがっている節がある。特に姉の水鳥だ。
「いやまさか……って、ほんとに言いそうな気がする」
「でしょ?」
話しているうちに、1-5に着いた。
ドアを開ける。
メイド喫茶の装飾がなされた教室内にはやはり人っ子ひとりいない。先ほどまでの賑わいが嘘のようだ。
「ここが氷魚の教室なのね」
ミオはテーブルクロスが敷かれた机の縁を、小さな人差し指で撫でる。
「ドラマで観た喫茶店みたいね。人間の男女が痴話げんかしてたり、お笑いグループがネタ合わせをしてたりするの」
その場面のチョイス、普段、ミオは一体どんなドラマを観ているのだろう。
「いまはメイド喫茶だからね、文化祭のときだけだよ」
「人間のお祭りか。楽しそうね」
ミオは椅子を引いて腰かけると、ホワイトボードのイラストに目を向けた。メイドさんや執事、そしてなぜか猫や犬のイラストが描かれている。
「うん。楽しいよ」
氷魚は掃除用具入れを開けた。中にはいつも掃除に使っているモップやバケツが入っている。
氷魚はモップを1本取り出し、振り心地を確かめてみる。振り回すには重そうだ。
「なにしてるの?」
ミオが不思議そうに尋ねる。
「危ないやつが出てきたときのための用心」
胸は痛くないし、いまのところ敵意のあるあやかしにも遭遇していない。
だが、決して油断はできない。
いさなはいない。ミオを守れるのは自分だけだ。腕っ節にはまるで自信がないが。
「こんな状況なのに、落ち着いてるのね。あなたは普通の人間でしょ」
「慣れてきてるのかもね」
「怪異に巻き込まれることに?」
「いや、怪異が本当にあることや、あやかしが実在することに」
「そう……」
「おれみたいな一般人は、怪異に巻き込まれるのに慣れちゃダメだと思うんだ」
きっとそれは命取りになる。警戒しすぎるくらいでちょうどいいだろう。
氷魚はモップの柄を握りしめる。
「これを振り回さなくちゃいけない事態にならないことを祈るよ」
「心配しないで。いざとなったら、あたしが守ってあげる」
「え、でも、ミオは戦えないでしょ」
魔力の大半を失っているので、魔術も使えないと嘆いていたのだ。戦う力はないのではないか。
「相手をひっかくことはできるわよ」
ミオは両手を掲げてみせた。猫よりは大きいが、小さな手だ。引っかかれてもさほど痛くなさそうだと思う。
「……危険に遭遇したら、逃げることを第一に考えよう」
「あ、いま、猫の手より役に立たないって思ったでしょ」
「思ってないって。それより、そろそろ行こうか」
氷魚は教室のドアを開けて外に出る。
「……むう」
ミオは不服そうだったが、席を立ってついてきた。




