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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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素晴らしきかな、文化祭③

 目的の物以外にも、目についた屋台の食べ物を片っ端から満喫した氷魚ひおといさなは、体育館へとやってきた。

「お客さん、けっこう入ってるね」

 ブルーシートの上に置かれたパイプ椅子は、8割方埋まっていた。生徒たちはもちろん、一般客の姿も少なくない。高校の文化祭の劇の入りにしては多いのではないか。みんな、奇抜なあらすじに惹かれたのだろうか。

「あそこ、ふたつ空いてる」

「ラッキーですね」

 氷魚といさなは空いている席に隣り合って腰かけた。

 お腹をさする。

 最後に食べたアメリカンドッグが効いていた。いさなのペースに釣られて食べ過ぎた。屋台の食べ物をこんなにドカ食いするなんて初めてだ。

 ただ、苦しいけど、楽しくはあった。

 隣のいさなを見れば、あれだけ食べたというのにケロリとしている。おそらく屋台全巡りもう1周くらいは平気でこなせるだろう。まさに鋼の胃袋である。

「どうかした?」

 氷魚の視線に気づいたのか、いさながこちらを見る。気配に敏感、さすがは凄腕剣士だ。

「いえ、なんでも。……ん?」

 慌てて首を横に振った瞬間、既視感を覚えた。

 まただ。

 視界の端に、見知った誰かが映った気がする。なのに、どうしてもその誰かが特的できない。出そうで出ないくしゃみみたいだ。もどかしくて、もやもやする。

「いさなさん。この中に、知っている人っていますか?」

 氷魚の視線を辿ったいさなは首を巡らせて、「何人かは」と言った。

「氷魚くん。さっきから、気になることでもあるの?」

「たいしたことじゃないです。……凍月いてづきさん、なにも言ってないんですよね」

 怪異の可能性は低いと思うが、先入観は禁物だ。怪異の前では氷魚の常識なんて薄っぺらい紙切れも同様だからだ。

 いさなは眉をひそめる。

「言ってないね。もしかして、胸が痛むとか?」

 氷魚は春の事件以降、近くに『汚れたもの』と呼ばれる怪物がいると胸が痛む体質になった。

 痛いのはもちろんいやだが、危険を察知することもできるので、不便一辺倒ではないと氷魚は思っている。

「それはだいじょうぶです」

 余計な心配をさせてしまったかもしれない。

 いさなには文化祭を楽しんでほしい。たとえ調査を兼ねているとしてもだ。

「なら、いいんだけど……」

 納得していない様子のいさなだったが、氷魚は笑みを浮かべてごまかした。

 開演を知らせるブザーが鳴る。

「あ、幕が上がりますね」

 学校創立以来交換してないんじゃないかと疑いたくなるほどの年季が入った茜色の緞帳が上がっていく。

 劇が始まる。


「なんていうか、フリーダムな劇だったね……」

 いさなが言って、氷魚も「そうですね……」と同意する。

 満ち足りた顔をしている人、狐につままれたような顔をしている人――

 劇が終わり、体育館を出て行くお客さんの表情は様々だった。

 剣山のようにあちこち尖りすぎていて、氷魚には理解の及ばない部分もあったが、刺さる人にはとことん刺さる劇だったのだと思う。

 主人公の下人が羅生門らしょうもんから出現したエイリアンとチャンバラを始めたときにはどうしようと思ったが、最終的にはうまくまとまっていたのは脚本の力が大きかったのだろう。

 体育館の外に出る。

「この後はどうしますか? まだ見てない出し物とか……。いさなさん?」

 氷魚の少し前を歩くいさなが、ぴたりと足を止めた。警戒するように、わずかに腰を落とす。

 前方に目を向ければ、かっちりとしたスーツを着た初老の男性が立っていた。誰だろう。氷魚たちに用事があるのか、こちらに目を向けている。

「――ん?」

 見覚えがあった。記憶を探ったら、すぐに思い出すことができた。

小町こまちのところで会った……」

 氷魚と入れ違いで、小町に髪を切ってもらっていた男性だ。今日は灰色の髪をオールバックにしている。

 氷魚と目が合った男性は、どこかうさんくさい笑みを浮かべた。

「また会ったね、たちばなくん」

「どうしておれの名前を? ――あ、小町に訊いたとかですか」

 男性は氷魚の問いには答えずに、いさなに視線を向けた。

「こちらは初めましてだ。遠見塚とおみづかいさなさん。当代の影無かげなしはずいぶんと可憐だね」

 影無の一言で協会関係者だと知れた。――人か、それとも、あやかしか。

「容姿は関係ないと思いますが」

 いさながひんやりとした声で言った。どうしたわけか、一気に機嫌が悪くなったようだ。男性の言葉というより、出現自体に思うところでもあるように見える。

 男性はニヒルに微笑んだ。

「楽しんでいたのに、邪魔をしてすまないね。これでも、タイミングを計っていたつもりだよ」

 すると、男性はいままで氷魚たちの近くにいたということか。全然気づかなかったが――

 もしかしたら、先ほどからの既視感の正体は彼だったのだろうか。だとしたら、隠形おんぎょうのようなものを使っていたのかも知れない。

「……それで、誰にご用ですか。凍月か、わたしか、氷魚くんか」

 名前を出されてどきりとする。協会関係者が自分に用などあるのだろうか。関わった事件のことなら、茉理といさなが対応してくれているはずだ。

「主目的は橘くんだが、もちろんきみたちも無関係ではない」

 しかしはたして、男性は氷魚を名指しした。

 男性と出会ったのは鎌鼬かまいたちきょうだいの理容院だが、まさか髪を切った件ではないだろう。

 最近の出来事で、凍月、いさなも無関係でないとするならば――

「ミオのことでしょうか」

 氷魚が言うと、男性は満足そうに目を細めた。

「ご明察」

 それから周囲を見渡し、「ここじゃお互い話しにくい。どこかいい場所はないかな」と言った。

「いさなさん、いつもの場所は?」

 氷魚の提案に、いさなはうなずいた。

「そうだね。あそこなら、人も来ないでしょうし」

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