明るい道
「ヘタレが」
アンジェリカで大盛りナポリタンとピザを食べて氷魚と別れた帰り道、夕飯の献立を考えながら自転車をこいでいると、不意に影の中から凍月の声がした。
「急にどうしたの?」
いさなは周りに人がいないことを確認し、口を開いた。
「とぼけやがって。わかってるくせによ」
凍月は容赦なく追求する。
その通りだ。本当はわかっている。
凍月がなにを糾弾したいかは明白だった。怪異調査を名目に、氷魚を文化祭巡りに誘ったことだ。
「……だって」
「だってじゃねえよ。いままで散々一緒に飯を食ったり出かけたりしてるくせに。今回もそのノリで堂々と言えばよかったじゃねえか。『一緒に文化祭を回りましょう』ってな」
「……それだと、まるでデートのお誘いみたいじゃない」
「いけねぇのか?」
「わたしたち、付き合ってるわけじゃないし」
しかし文化祭は一緒に回りたいと思った、というのは凍月にはお見通しだろう。
「だったら、いさなは小僧とどうなりたいんだよ」
「どう……って。いまのままでいられたら」
「そんなの無理に決まってるだろうが。高校を卒業したらどうするんだ」
「それは……」
氷魚はきっと進学する。
自分はどうするだろうか。
やるべきことはあっても、やりたいことはない。
大学に行くにしても、他の進路を選ぶにしても、協会の仕事は切っても切り離せない。
おそらくは、自分が死ぬまで。
氷魚とはたまたま同じ高校になっただけで、一時、同じ時間を過ごしているだけに過ぎない。そもそも混じりようのない道行きだったのだ。
本来ならば、猿夢に捕まった氷魚を助けて、それで終わりのはずだった。
なのに、自分のわがままで氷魚を付き合わせている。
このままでいいのかという声と、このままがいいのだという声の大きさは、ほんのわずかに後者の方が勝る。
「一緒にいてほしいって思わないのか」
凍月が畳みかけるように言う。
そんなの、いてほしいに決まっていた。
氷魚の側にいると、安らぎを覚える。心の刺々しい部分が、柔らかくなる気がする。
叶うならば、もっと一緒にいたいと思う。
だけど――
「……仮にわたしがそう望んだとしても、氷魚くんの負担になるに決まってる」
せめて高校を卒業するまで。そこが限界の線引きだ。それ以上一緒にはいられない。
「なんで決めつける?」
凍月に言われ、いさなは再び「……だって」と呟く。
氷魚は善良な一般人だ。
怪異と関わる自分は一般人とは言えない。
優越感ではない。むしろ逆だ。氷魚に対する引け目、劣等感と言い換えてもいい。
自分は、明るい道を歩む氷魚とは違う。
凍月は嘆息した。
「おまえ、自分のことしか見えてねえな」
「……」
「小僧がどう考えるか決めるのはおまえじゃない。小僧だよ」
「けど……」
「人間の一生は短い。せいぜい悔いのない選択をするこったな」
それきり凍月は黙り込んだ。
いさなは、返す言葉を持たなかった。急に、さきほど食べたナポリタンとピザが胃の中で重さを増した気がした。
悔いのない選択とはなんだろう。
私は一体、どうしたいんだろう。




