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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十一章 素晴らしきかな、文化祭
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紙一重のメイド喫茶

「よし、完成」

「あとは明日を待つだけだね」

「おつかれー!」

 準備を終えたクラスメイトたちの声が上がる。みんな普段よりテンションが高めだ。

 文化祭前日、1-5の教室はすっかり様変わりしていた。

 色紙を丸めた華やかなアーチが、鳴高なるこうの歴史の長さに比例してくすんでいる壁を彩り、普段無愛想な机には白いテーブルクロスが掛けられている。

 さらに、パーティションで仕切られた調理スペースには、簡易コンロやフライパンなど様々な調理器具が用意されていた。

 もちろん、メイド服や執事服の準備もばっちりだ。

 氷魚ひおたちのクラスの出し物は、文化祭では定番かもしれないメイド喫茶である。

 鳴城には存在しないとはいえ、メイド喫茶自体はきょうび珍しくない。しかし1-5のメイド喫茶はひと味違う。男女のコスチュームが逆転しているのだ。

 つまり、男子生徒がメイド服を、女子生徒が執事服を着用する。

 一つ間違えば阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図なので当初難色を示していた男性陣だったが、女子の説得や、やけに乗り気な一部の男子生徒の後押しにより今は士気が高い状態だ。やけっぱちと言えなくもない。

 氷魚は教室の隅に目を向けた。ハンガーラックにずらりとメイド服と執事服が吊るされている。

 ハンガーラックに近づいた氷魚は、たちばな氷魚というタグがついたメイド服を手に取った。フリルをふんだんにあしらったかわいらしいメイド服で、自分は明日これを着るのだ。

 冗談みたいだが冗談ではない。

 男なのにといった抵抗感は薄れたが、果たして自分に似合うのかという疑問は溶けきれず胸の隅に残っている。

「明日、楽しみだね」

 不意に後ろから声がして、氷魚は跳び上がりそうになった。振り向くと、にこにこと笑っているかなでが立っていた。

「……弓張ゆみはりさん、気配を消して近づくのやめてよ」

 紅い瞳に金色の髪、人間離れした美しさの弓張奏はダンピールだ。人と吸血鬼の混血である。

 一般に日の光を嫌うイメージがつきまとう吸血鬼だが、奏は太陽みたいな輝きを常に振りまいている。

「ごめんごめん。驚かすつもりじゃなかったの。ただ、ねえ?」

 奏は氷魚が手にしたメイド服を指さして紅い瞳を細める。

 自分のメイド服姿なんてさほど面白いものではないと氷魚は思うのだが、奏はやけに楽しみにしているのだった。

「ひーちゃんのご家族も来るんでしょ」

「うん。張り切ってる」

 両親はともかく姉は絶対いじり倒してくるだろうが、もはや諦めている。弟の宿命だ。

「ひーちゃんとこ、家族仲いいもんね」

「弓張さんのところは、来るのは難しい?」

 奏の父は有名な冒険家、母は純粋なヴァンパイアで、すごい組み合わせの夫婦だよなと思う。2人の出会いから結婚まで、映画みたいなストーリーがありそうだ。

「だね。父さんはまた海外だし、母さんも出不精だから。耀太ようたくんは友達を連れて来てくれるって言ってるね」

「っていうと、大野さん?」

 ミオと知り合うきっかけを作ってくれた少女だ。

「そうそう。あれから仲がよくなったみたい」

「それはよかった」

 耀太も鳴城になじみつつあるようで、何よりだ。

「ひーちゃん、明日の午後はどうするの?」

「適当に出し物を見て回る予定」

 氷魚の担当は午前中で、午後は丸々空いている。

「ひとりで?」

「そうだね」

 ふと、いさなの顔が脳裏をよぎる。小町の言葉も。


 ――おれが誘ったら、迷惑かな。


 一緒に星祭りに行ったりはしたが、あくまでキョーカイ部の活動の一環だった。

 文化祭には怪異の入り込む隙間なんてない、と思う。

 工夫を凝らした企画展や食べ物の屋台、そしてメイド喫茶。

 至極真っ当な学校生活の青春イベントだ。

 そんな文化祭を2人で見て回りましょうなんて、まるでデートの申し込みではないか。一緒に怪奇スポットを巡りましょうとかいうのとはわけが違う。

「あたしが空いてたら、一緒に回りたかったんだけどなぁ」

 冗談めかした口調で奏が言った。まさか本気ではないだろう。

「おれがメイド服のままで?」

 なので、氷魚も冗談で返した。

「いいね。だったら、あたしは執事姿だ」

 試着ですでに見ているが、奏の執事姿は純粋に格好良かった。

「仮装と言えば、当日はどうするの、眼鏡」

 氷魚は自分の目の縁を指で叩いた。

 活動中止中ではあるが、奏は芸能人ということもあってとにかく目立つ。なので、学校の外では存在感を薄くする魔導具まどうぐを装着している。

「かけるよ。外部からのお客さんもいるし。お師匠にも注意されたんだ」

「その方がいいだろうね。弓張さんだってわかったら、お客さんが殺到する」

 奏としては窮屈で外していたいのだろうが、やはり危険だと思う。ストーカーみたいなやつに後をつけられたことがあると言っていたし。

「殺到は大げさだよ」

 奏は曖昧に微笑んだ。もしかしたら、かつてのステージが脳裏をよぎったのかもしれない。

 今後の芸能活動をどうするか、奏はずっと悩んでいるようだ。

 再び彼女の活躍を見たいという気持ちは無論あるが、そうすると、奏はいまのように学校に通い続けるのは難しくなるだろう。

 一体、どの選択が奏にとって幸福なのか。そして、奏はどうしたいのか。

 自分にも、奏のためにできることがあればいいんだけどと思う。

「奏、これから女子だけで前夜祭やるんだけど、一緒にどう?」と、中条なかじょうが奏の肩を叩いた。

 奏はぱっと顔を輝かせる。

「いいね、どこ行くの?」

豪雷軒ごうらいけん

「最高。餃子をたらふく食べたい気分だったの。――じゃあ、ひーちゃん、また明日」

「うん、また明日」

 奏は中条と楽しそうに話しながら女子のグループに合流する。

 クラスメイトで奏がダンピールだと知っているのは氷魚と中条しかいない。

 奏が中条に自分の正体を打ち明けたときにはどうなることかと思ったが、2人はすっかり打ち解けた様子だ。

 ――にしても、豪雷軒か。いいな。

 味よし量よし値段よしと三拍子揃った鳴城でも評判の中華料理屋の名前を聞いたせいか、お腹が減ってきた気がする。

 家に帰る前にコンビニで肉まんでも買っていくかと思いながら、氷魚は帰り支度を済ませて教室を出た。

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