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この怪異は誰のもの?  作者: イゼオ
第十章 ダンス・ウィズ・キャッツ
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ダンス・ウィズ・キャッツ⑦

 事前の打ち合わせ通りに、ミオは言った。無条件で願い事を取り消したら、さすがに説得力がないからだ。

 神様を都合のいい存在と思われるのも困る、というのはミオ談である。

「読書感想文って……」

 戸惑ったような仁菜になの声が聞こえてきた。

 無理もない。神様からいきなり読書感想文を書けとか言われたら、意味がわからないだろう。

「おまえが通っている小学校の課題だ」

「どうして神様が知ってるんですか」

 突っ込まれるのは想定外だった。耀太ようたに聞いたから、とは言えない。

 ミオはちょっと考え込んで、

「……それは、神だからな」

 説得力があるんだかないんだかわからない。

「すごい! そうか。神様だったら、読書感想文をどう書けばいいかもわかりますよね。教えてくれませんか」

 予想外の方に話が転がった。

「……え」

 ミオは困ったように氷魚ひおに目を向けた。そんな目で見ないでほしい。こっちも困ってしまう。

 しかし、この窮地を乗り越えなければ家に帰れない。早く帰らないと、そろそろ誰かがミオの不在に気づくかもしれない。

 考えろ。

 確か耀太の話では、仁菜は『吾輩は猫である』を読んでいるはずだ。

 氷魚は必死に頭を働かせて、ミオに耳打ちする。

「なるほど。――よし、いいか、仁菜よ」

「神様、あたしの名前も知ってるんですね!」

 仁菜ははしゃいだような声を上げる。

「……神だからな」

 さっきと同じミオの返しだった。大丈夫だろうか。

「とにかくだ。まずはきちんと借りた本を読むのだ」

「でも、読みづらいです」

「どうして読みにくい?」

「文章とか、台詞……言い回しっていうんですか? とかがわかりにくいっていうか」

 確かに、小学生にはとっつきにくいというのはあるかもしれない。

「それはそれで一つの感想だろう。素直に書くといい」

「いいんですか? なんだか文句みたいで気が引けますが」

 氷魚は再びミオに耳打ちする。

「ならば、小説を読んでいいと思った箇所はないのか」

「あります。猫の視点っていうのが、面白いと思いました。猫の目から、人間はこう見えているのかなって」

「いいじゃないか。その時点で、立派な感想だ」

「そうですか?」

 氷魚はさらにミオに囁いた。

「うむ。あとは具体的に、登場人物の台詞や行動のどこになにを感じたか、というように書いていくと、自然と原稿用紙は埋まるはずだ。読んでいて読みにくかったり、わかりにくい箇所はいっそ飛ばすのも手だな」

「飛ばす? でも、本ってきちんと読まないとだめなんじゃないですか」

 どうやら、仁菜は根が真面目な子のようだ。

「そんなことはない。肩肘張らなくてもいいのだ。だが、そうだな。納得できないのなら、時間をおいてから再読するといい。いまは理解できなくても、あとで読んだら理解できるかもしれないだろう」

「なるほど……」

「とまあ、こんなところだな」

「すごいです、神様! なんだかあたしでも書ける気がしてきました」

「それはなによりだ」

「神様、あたし、またここに来てもいいですか」

「来てくれるのは構わないが、今日みたいに、声を返すことはできないかもしれないぞ」

「いいんです。聞いてもらうだけでも」

「そうか。なら、好きにするといい」

「はいっ!」

 弾んだ仁菜の声が返ってきて、氷魚もうれしくなる。

「――ああ、そうだ、仁菜」

「なんでしょうか?」

「私の像を磨いてくれて――見つけてくれて、ありがとう」

 でなければ、私はいまこうしてここにはいなかったよ、と最後は氷魚にだけ聞こえる声でミオは言った。

 

 ――そうか。

 

 仁菜がこの祠を見つけなければ、ミオと氷魚は出会うことがなかったかもしれないのだ。これもまた不思議な縁だ。

 自分も仁菜にお礼を言いたいところだが、声を出したら台無しなので我慢する。

「あたしこそ、ありがとうございます。それじゃあ神様、また」

「うむ、気をつけてな」

 仁菜の足音が遠くなっていく。

「あー、緊張した」

 ミオがふっと息を吐いて、氷魚の肩から下りた。

「おつかれ。がんばったね」

「久々の神様ムーブしてたところに、読書感想文の書き方なんて爆弾を投下されて内心冷や汗だったわ。でもまあ氷魚のおかげでなんとかなったわ。ありがとう」

「役に立てて良かったよ」

 氷魚が囁いたアドバイスをミオが話す。仁菜からは氷魚たちが見えなかったので成り立った戦術だ。

「読書感想文の書き方、あれ、氷魚くんのアドバイス?」

 こちらに歩いてきたいさなが言った。

「ええ、そうです。おれも苦労した口なので。姉から教わった方法です」

「だからやけに具体的だったんだね」

 ちなみに姉は鑑賞したB級映画の感想なんかをツイッターに上げていて、けっこうな数のいいねをもらっている。

「これで、今回の騒動はひとまず解決でしょうか」

 かがんでいたかなでは立ち上がると、大きく伸びをした。

「そうだね。あとは協会に報告して終わりかな」

「にしても、まさかこういう着地をするとはな」

 いさなの足下にいた凍月いてづきが苦笑する。

「たまには、こういうのもいいでしょう」

「ああ。おまえ好みの結末かもな」

「視点の問題、でしたね」

 祠を見つめながら、奏が言った。

「っていうと?」

「猫から見た人間、人間から見た猫、そして、神様から見たあたしたち。もつれあってたけど、お互い話すことができたから、荒事にならずにすんだ」

「言われてみれば、そうだったね」と氷魚はうなずく。

「他人事のように言ってるけど、ひーちゃんが立役者だよ」

「おれが?」

「そうそう」

「立役者どころか、シゲトラには大根だって怒られたよ」

 氷魚が言うと、傍らのシゲトラがふっとニヒルな笑みを浮かべる。

「僕をうならせたかったら、カナカナくらいの演技をするんだね」

 そのカナカナだが、隣にいたりする。いまは眼鏡をかけているので、シゲトラは気づいていないようだ。猫にも効くらしい。

「なにもともあれ、これで事件は解決。文化祭を思う存分楽しめそうだね」

 奏の言葉に、いさなが反応した。

「文化祭と言えば、氷魚くん、また女装するんだって?」

「ええ、まあ」

「絶対見に行くからね」

 どうしていさなは目を輝かせているのだろう。

 ともかく――

「せっかくだから、精一杯、お嬢様をおもてなしさせていただきます」

 楽しもうと決めたのだ。

「いいな。携帯で写真撮って茉理まつりに送ろうぜ。ついでに沢音さわねにも」

「凍月さん、それはやめてください」

 無闇な拡散は控えてほしいと思う。

「氷魚、またってことは、女装が趣味なの?」とミオが言う。

「待って。女装は否定しないけど、趣味ってわけじゃないからね」

「あら、いいじゃない。別に恥ずかしがることなんてないわ」

 ミオは、地母神のようなやさしい笑みを浮かべた。

「そうそう。ひーちゃん、似合ってるし」と奏がうなずく。

 これはいけない。

 氷魚は助けを求めるようにいさなに目を向ける。いさなは力強くうなずいた。

「わたしも、いいと思う」

 どうやら、この場に味方はいないようだ。

 細い息を吐き出した氷魚の足を、ミオが前足で叩いた。

「さあ氷魚、そろそろ帰りましょう。疲れたから、抱っこしてってよ」

「はいはい。わかったよ」

 氷魚はミオを抱き上げる。子猫の身体は軽くて、温かい。

「あー、いいなぁ」

「だってさ、凍月」

 いさなが言うと、奏はなにかを察したように腕を広げた。

「いや、飛び込まねえからな?」

「えぇ……」

「だから、俺はマスコットじゃねえっての」

 みんなでそんなことを話しながら、氷魚は帰路につく。

 新しい家族の温もりを、腕に感じながら。


 ――なにはともあれ、これからよろしく、ミオ。




 ダンス・ウィズ・キャッツ           終


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 第十章、終了です。

 

 本当は文化祭の話まで行こうと思ったのですが、区切りがいいので一旦ここで終わりにしました。

 別の話を書き終わったら、こちらの十一章を書く予定です。

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